空間群の部分群の分類
一般に結晶は相転移に伴って空間群が変化します。その相転移が原子の秩序/無秩序現象やわずかな変位によって起こる場合、転移前後の空間群は部分群/超群の関係となります。ここでは、空間群同士の部分群/超群の関係性(分類や性質)を説明します1。なお空間群の階層構造を明確にするために、極大部分群 (maximal subgroup)/極小超群(minimal supergroup)2 のみを考慮します。
まず、空間群の部分(空間)群を以下の二つに分類することにします。
- 並進操作は保存されるがそれ以外の対称操作 (回転・回反・らせん・映進) の一部が失われ、結晶類 (crystal class) が変化する部分群 (t-部分群)
- 並進操作の一部は失われるがそれ以外の対称操作が保存され、結晶類が変化しない部分群 (k-部分群)
1のケースを t-部分群, 2のケースをk-部分群といいます3。もちろん、並進操作とそれ以外の操作の両方が失われるような部分群もありますが、これは「t-部分群のk-部分群」と考えることが出来ますから分類は不要ですしそもそも「極大」部分群にはなりえません。t-部分群とk-部分群は、表現の流儀4によってそれぞれタイプI、タイプIIと呼ぶことがあります。さらにタイプIIは実用上の理由から 三つのサブタイプに分けられているのですが、International Tables for Crystallography の Volume A (5th edition, 2002, 以下ITA 5th) 以前と Volume A1 (1st edition, 2004, 以下ITA1 1st) 以降で、定義が若干異なります。さらにこのサブタイプは、同型部分群 (i-部分群)という概念とも関係します。このように空間群の部分群の分類はややこしい状況になっておりますため、以下に表としてとまとめてみました。
対称操作の変化 | 結晶類 | 同型か否か | ITAの表記 | 単位格子の サイズ | ||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
ITA 5th | ITA1 1st | |||||||
t- 部分群 | 回転・回反・らせん・映進操作の一部が低下 | 変化する | 非同型 (non-isomorphic) | I | I | もとの群の 単位格子と 同一 | ||
k- 部分群 | 並進操作の一部が低下 | 変化しない | IIa | II (Loss of centring translations) | ||||
IIb | II (Enlarged unit cell) | もとの群の 単位格子より 大きい | ||||||
同型 (isomorphic) | IIc | II (Series of maximal isomorphic subgroups) |
以下に重要な用語について説明を補足します。
結晶類 (Crystal Classes)
すでに別ページも述べたとおり、一言でいうと結晶族点群のことです。すべての空間群は32種類の結晶族点群のいずれかに対応しており、これを結晶類といいます。結晶系 (Crystal System) と混同しやすい用語なので注意しましょう。結晶類は、空間群表記から① 最初の一文字 (格子の記号) を削除し、②すべての下付き数字 (らせん軸の並進情報) を削除し、③すべての小文字アルファベット (映進操作) を \(m\) に変換することによって得られます。例えば空間群 \(Fd\bar{3}m\) は 結晶類 \(m\bar{3}m\)であり、空間群 \(P6_422\) は 結晶類 \(622\) です。
結晶類の概念をもう少し正確に言うと、空間群の部分群である並進群を法として剰余群を作ったとき、それと同じ代数的構造を持つ点群のことです。これに関する詳しい議論は、「2.3. 部分群・剰余群の概念」ページをご覧ください。
同型部分群 (Isomorphic-subgroups)
Isomorphic(同型)な関係にある部分群のことです。i-部分群と表現されることもあります。同型とは、群\(G_1\)と\(G_2\)について、もし\(G_1\)の元と\(G_2\)の元を一対一で結びつけるような写像 \(f\) が存在したときの、\(G_1\)と\(G_2\)の関係のことをいいます。写像 \(f\) は当然全単射関数ということになります。群\(G_1\)と\(G_2\)が同型であれば、群論的な立場では全く同じ性質の群とみなすことが出来ます (同型の概念については、こ「2.4. 群の乗積表・同型」ページもご覧ください)。
表記が同一の空間群は必ず同型であり、表記が異なる空間群は基本的に同型ではありません5。したがって i-部分群は殆どの場合もとの空間群と同じ表記となりますが、基底ベクトルは必ず異なります。
I (I-Maximal subgroup)
”t-“の定義と完全に同じであり、ITA 5th でも ITA1 1st でも “I“という記号で表現されます。もとの群から点群操作の一部だけを取り除いた群であり、基底の並進ベクトルは変化しません(つまり単位格子は同一)が、結晶類は変化します。点群操作の一部を除去するため、同型(isomorphic)な関係にはなり得ません。
例えば \(P2\)に対する \(P1\) や、\(Fd\bar{3}m\) に対する \(F\bar{4}3m\) などが、このタイプに属します。
IIa = II (Loss of centring translations)
k-部分群の一種であり、もとの空間群から複合格子成分を取り除いた部分群のことを言います。ITA 5th ではIIa と表現され、 ITA1 1st では II (Loss of centring translations) と表現されています。
もとの空間群が\(P\) 格子である場合は、このタイプの部分群は存在しません。\(I\), \(F\), \(A\), \(B\), \(C\), \(R\) (六方格子設定の場合) 格子のいずれかであった場合は、このタイプの部分群が必ず存在します。複合格子成分を取り除くだけですので、単位格子のサイズは変化しません。また、同型な関係にはなることもありません。
例えば \(C2\)に対する \(P2\) や、\(Im\bar{3}m\) に対する \(Pm\bar{3}m\) などが、このタイプに属します。
II (Enlarged unit cell)
k-部分群の一種です。並進操作の一部を取り除いて、単位格子が大きくなった部分群のことです。以下に説明する IIb と IIc の和集合です。このタイプの部分群は無限に存在します。
IIb
II (Enlarged unit cell) に分類される部分群のうち、同型ではない部分群のことです。
IIc = II (Series of maximal isomorphic subgroups)
II (Enlarged unit cell) に分類される部分群のうち、同型な部分群のことです。ITA 5th ではIIc と表現され、 ITA1 1st では II (Series of maximal isomorphic subgroups) と表現されています。
例えば \(P2\) (主軸は\(b\)) に対して、\(b\)軸を2倍にした単位格子を持つ \(P2\) や \(P2_1\)は、どちらもII (Enlarged unit cell) タイプの極大部分群です。\(P2\) は同型部分群なのでIIc であり、\(P2_1\) は非同型部分群なので IIb です。
部分群の例
230の空間群に対する部分群の階層構造は別ページ ( t-部分群、k-部分群) に記載しています。ここでは、具体的にいくつかの空間群を例にして、極大部分群の性質を解説します。ITA 5th の表記法に則って説明していきます。
例1: \(P1\)
I タイプ
\(P1\) は恒等変換以外の点群操作を含まないので、このタイプの部分群はありません。
IIa タイプ
\(P1\) は複合格子ではないので、このタイプもありません。
IIb タイプ
\(P1\) の部分群は\(P1\) しかありえませんので、このタイプもありません。
IIc タイプ
\(P1\)の部分群はこのタイプのみです。例えば、単位格子ベクトル \(\textbf{a},\textbf{b}, \textbf{c}\) をもつ空間群\(P1\)に対して、単位格子ベクトル \(p\textbf{a},q\textbf{b}, r\textbf{c}\) (ただし\(p,q,r\)は互いに素な自然数) を持つ空間群\(P1\)はIIc 部分群であり、その位数(index)は\(p\times q\times r\)です。\(p,q,r\) が互いに素でない場合は「極大」ではない部分群となります。
また、\(\textbf{a},\textbf{b}, \textbf{c}\)を適当に合成したベクトルを単位格子とすると、やはりIIc 部分群になります。例えば \(\textbf{a},\textbf{b}+\textbf{c}, \textbf{c}-\textbf{b}\) とか \(\textbf{a}-\textbf{c},\textbf{b}, \textbf{a}+\textbf{c}\) とか \(\textbf{a}+\textbf{b},\textbf{b}-\textbf{a}, \textbf{c}\) とか \(\textbf{b}+\textbf{c},\textbf{c}+\textbf{a}, \textbf{a}+\textbf{b}\) などです(位数は全て2)。
例2: \(C1m1\)
\(C1m1\)の単位格子ひとつ分の一般位置6は以下の4つです。
\((1) x, y, z \,\, (2)x,\bar{y},z \,\, (3)x+\frac{1}{2},y+\frac{1}{2},z \,\, (4)x+\frac{1}{2},\bar{y}+\frac{1}{2},z\)
\((1)\) と \((3)\) (あるいは \((2)\) と \((4)\)) を結び付ける操作は \(C\) すなわち \((\frac{1}{2},\frac{1}{2},0)+ \) です。\((1)\) と \((2)\) (あるいは \((3)\) と \((4)\)) を結び付ける操作は \(m\) 鏡映、\((1)\) と \((4)\) (あるいは \((2)\) と \((3)\)) を結び付ける操作は \(a\) 映進です。
I タイプ
I タイプは並進操作は保存されるが、点群操作の一部を失うような部分群です。並進操作を保存して (つまり、\((1)\) と \((3)\) を残して) できる部分群は\(C1\)7であり、これが唯一のタイプIです。点群操作 \(m\) は確かに失われていますね。
IIa タイプ
IIa タイプは並進操作の一部を失うが、単位格子サイズは変化しない部分群でした。複合格子は \(C\) ですので、単純に考えると \(P1m1\) が唯一の答えのような気がしますが、実はもう一つ、 \(P1a1\) も答えです。\((1)\) と \((2)\) を残せば \(P1m1\) 、\((1)\) と \((4)\) を残せば \(P1a1\) となり、どちらも \(C : (\frac{1}{2},\frac{1}{2},0)+ \) の並進操作が失われていますので、IIa の部分群ということになります。
IIb, IIc タイプ
IIbとIIc は、共にもとの群から並進操作の一部が失われ、単位格子が大きくなる部分群です。もとの群とは同型ではない場合がIIb, 同型な場合がIIc です。\(C1m1\) の単位格子ベクトル \(\textbf{a},\textbf{b}, \textbf{c}\) を整数倍したり組み合わせたりして新たな単位格子を設定し、そこから並進操作を取り除いていけばいいわけです。例えば、\(\textbf{c}\) 方向が2倍になった単位格子を考えてみましょう。もとの2倍になった単位格子中の一般位置は、
$$\begin{array}{lll}
(1) x, y, z & (2)x,\bar{y},z &(3)x+\frac{1}{2},y+\frac{1}{2},z & (4)x+\frac{1}{2},\bar{y}+\frac{1}{2},z\ \\
(5) x, y, z+\frac{1}{2} & (6)x,\bar{y},z+\frac{1}{2} & (7)x+\frac{1}{2},y+\frac{1}{2},z+\frac{1}{2} & (8)x+\frac{1}{2},\bar{y}+\frac{1}{2},z+\frac{1}{2}
\end{array}$$
と表現できます。\(2\textbf{c}\) を改めて \(\textbf{c}\) と取り直しますので、\((1)\sim(4)\) に対して \((5)\sim(8)\) の\(Z\) 座標には \(+\frac{1}{2}\) が加わっていることに注意してください。これらの中から \((1), (2), (3), (4)\) を残すと同型な部分群である \(C1m1\) (IIc)が取り出せますし、\((1), (3), (6), (8)\) を残せば同型ではない部分群 \(C1c1\) (IIb)が取り出せます。
\(C1m1\) のタイプ IIb, IIc 部分群はまだまだたくさんあるのですが、\(\textbf{a},\textbf{b}, \textbf{c}\) を整数倍して組み合わせる作業を網羅するのはとても大変です。よほど群論好きな人でなければ、素直にITAにまとめられている情報を参照するのがよいでしょう。
脚注
- もちろん空間群から部分群として点群を取り出すこともできます。このような点群をサイトシンメトリー (site symmetry) といいます。詳しくは「3.6. サイトシンメトリーとワイコフ位置」を参照してください。 ↩︎
- 最大部分群/最小超群と訳されることもありますが、このHPでは極大部分群/極小超群と表記します。群 \(G\) の部分群 \(H\) が極大部分群であるための要件は、\(H\) の超群となるような \(G\) の部分群が (\(G\) や \(H\) そのものは除いて) 存在しないことです。 ↩︎
- 「t-」 のドイツ語 translationengleich (「同じ並進」の意)、「k-」 は klassengleiche (「同じクラス」の意)の頭文字です。 ↩︎
- 英語圏の結晶学者はタイプI, IIという表現を好むように思われます。ITAでもタイプI, IIの表現が採用されています ↩︎
- 例外は、①基底ベクトルの変換 (単位格子の取り方) によって見かけ上空間群表記が変わる場合 (例えば\(Pma2\)と\(P2mb\)など, 「3.5. 軸の選び方、軸の変換」を参照)と、② 鏡像の関係にある空間群の場合 (例えば \(P4_1\)と\(P4_3\)など, 「2.4. 群の乗積表・同型」を参照) があります。 ↩︎
- 一般位置とは、サイトシンメトリーが \(1\) のワイコフ位置のことです。ワイコフ位置の概念については「3.6. サイトシンメトリーとワイコフ位置」を参照してください。 ↩︎
- ちなみに、\(C1\) という空間群は標準表記ではありません。\(C1\) の単位格子ベクトル \(\textbf{a},\textbf{b}, \textbf{c}\) をさらに \(\frac{1}{2}(\textbf{a}-\textbf{b}),\frac{1}{2}(\textbf{a}+\textbf{b}), \textbf{c}\) と変換すれば \(P1\)という標準表記の空間群として表現できます。 ↩︎