ここまで何度も登場してきた対称要素ですが、個別の詳しい説明は省いていました。ここで改めて詳細に説明します。
並進を伴わない対称要素
並進を伴わない対称要素には、恒等、対称心、鏡映、回転、回反があります。このうち、並進と両立する (結晶に存在する) 要素は以下の通りです。
名称 | 表記 | 説明 |
---|---|---|
恒等 | \(1\) | 360°回転と同義 |
対称心 | \(\bar{1}\ (=i)\) | 360°回反と同義 \(i\)と表現することもある |
鏡映 | \(m\ (=\bar{2})\) | 180°回反と同義 |
回転 | \(2\), \(3\), \(4\), \(6\) | 回転の次数 (360°/回転角度) で表現 |
回反 | \(\bar{1}\ (=i)\), \(\bar{2}\ (=m)\), \(\bar{3}\), \(\bar{4}\), \(\bar{6}\), | 回転の次数 (360°/回転角度) で表現 |
恒等要素は回転要素の一種と見なすことができ、鏡映と対称心は回反の一種と見なすことができますので、これらをまとめて説明します。
回転、恒等
Hermann-Mauguin (HM) 記法では、記号 \(n\) は 𝑛次の回転 (n-fold rotation) 要素を意味します。並進対称と両立する回転の次数は 1, 2, 3, 4, 6 です。以下は、各回転要素の性質を図示したものです。
図の読み方を補足します。
- 図中の緑色の図形は、紙面垂直方向の回転要素を表現しています。基本的に次数に対応する正多角形で表現するのですが、\(1\) は恒等要素なので図形は定義されておらず、\(2\) は(二角形はかけないので)どら焼きのような図形で表現します。
- 対称要素の周りにある白丸は何らかの物体です。図をシンプルにするために白丸で表現しているだけであって、本当はもっと複雑な形状の物体であるとイメージしてください。白丸は回転軸の周りでその対称性を満たすような配置をとっており、これを対称要素に対する一般位置といいます。
- 白丸の近くにある“\(\bf +\)”は、紙面からの距離(高さ)を表現し、“\(\bf 0+z\)” (\(\bf z\)は任意の数値) を省略した記号です。こんな記号、本当に必要?と思われるでしょうが、以降の対称要素を説明する際に有難味がわかります。
回反、対称心、鏡映
HM 記法では、記号 \(\bar{n}\) は 𝑛次の回反(n-fold rotoinversion)を意味します。回反とは、回転に引き続き対称心をおこなう操作のことです。「回して反転」と覚えましょう。以下に各回反要素の一般位置を図示します。
対称要素の記号は回転の説明と同じく緑色で表現しています。以下、補足説明です。
- 1回回反は要するに対称心ということであり、小さい白丸が対称要素記号です。
- 2回回反軸に対応する対称要素記号はありませんが、鏡映 \(m\) と等価ですので、代わりに \(m\) の記号 (カギ括弧のような記号) を使います。
- 白丸の中にカンマ “,” が書かれた記号 (以降点丸) は白丸と対掌の関係の物体であることを意味します。つまり、白丸を右手とすれば点丸は左手だということです。
- “\(\bf{–}\)”は、紙面からの高さが “\(\bf{0-z}\)” (\(\bf{z}\)は任意の数値) であることを意味します。
- 丸が分割された記号 は投影方向(紙面垂直方向) から見て白丸と点丸が重なった位置にあることを意味しており、それぞれに対する高さの情報が近くに書き添えられます。この場合は、白丸が高さ \(\bf 0+z\)、点丸が高さ\(\bf 0-z\)ということになります。
回映
余談ですが、回反要素と似たような概念の仲間がいます。「回映 (𝑛-fold rotoreflection)」という対称要素です。Schoenflies記法では、記号 \(S_n\) はn次の回映を意味します。回映操作とは、回転に引き続き鏡映を行う操作のことです。「回して鏡映」と覚えましょう。
回反はSchoenflies記法では表現できず、回映はHM 記法では表現できません。ただし、「角度\(\theta\)の回転の後に鏡映」を行うという操作は、「\(\theta+180^\circ\)の回転の後に対称心」を行う操作と等価です。すなわち、回反操作と回映操作は、回転の位相が\(180^\circ\)異なる場合に等価となります(反転の点は反射平面内にあるものとする)。 アフィン変換(4×4行列)で回反操作や回映操作を表現すると、以下の通りとなります。
$$
\bar{1}=S_2= \begin{pmatrix}
-1&0&0&0\\ 0&-1&0&0\\ 0&0&-1&0\\ 0&0&0&1
\end{pmatrix}\quad
\bar{2}=S_1= \begin{pmatrix}
1&0&0&0\\ 0&1&0&0\\ 0&0&-1&0\\ 0&0&0&1
\end{pmatrix}\quad
\bar{4}=S_4= \begin{pmatrix}
0&1&0&0\\ -1&0&0&0\\ 0&0&-1&0\\ 0&0&0&1
\end{pmatrix}
$$
$$
\bar{3}=S_6= \begin{pmatrix}
1/2&\sqrt{3}/2&0&0\\ -\sqrt{3}/2&1/2&0&0\\ 0&0&-1&0\\ 0&0&0&1
\end{pmatrix}\quad
\bar{6}=S_3= \begin{pmatrix}
-1/2&-\sqrt{3}/2&0&0\\ \sqrt{3}/2&-1/2&0&0\\ 0&0&1&0\\ 0&0&0&1
\end{pmatrix}
$$
以下に対応表をまとめます。
Hermann-Mauguin (HM)記法 | Schoenflies 記法 |
---|---|
\(\bar{1} = i\) | \(S_2 = C_i\) |
\(\bar{2} = m\) | \(S_i = C_s\) |
\(\bar{4}\) | \(S_4\) |
\(\bar{3} =3\cdot i\) | \(S_6 = C_{3i}\) |
\(\bar{6}=3/m\) | \(S_3 = C_{3h}\) |
並進を伴う対称要素
並進を伴う対称要素には格子並進、らせん、映進があります。
名称 | 表記 | 説明 |
---|---|---|
格子 並進 | \(P\) \(A, B, C\) \(I\) \(F\) \(R\) | 単純格子 底心格子 体心格子 面心格子 菱面格子 |
らせん | \(2_1\) \(3_1\), \(3_2\) \(4_1\), \(4_2\), \(4_3\) \(6_1\), \(6_2\), \(6_3\), \(6_4\), \(6_5\) | ひとつめの数字は回転の次数、ふたつめの数字は並進割合 (並進量 = 軸方向の周期 × ふたつめの数字 / ひとつめの数字) |
映進 | \(a\), \(b\), \(c\) \(n\) \(e\) \(d\) | 軸映進面 対角映進面 二軸映進面 ダイヤモンド映進面 |
普通は格子並進から説明を始めるところですが、少し順番を変えて先にらせんの説明を済ませてから、格子並進と映進を説明します。
らせん
らせん要素は、二つの数字で表現されます。ひとつめの数字は回転の次数に対応し、ふたつめの数字(下付き)は並進量に対応します。らせん軸の方向は、かならず結晶中の並進ベクトル(格子点と格子点を結ぶベクトル)の方向と一致します。らせん要素の並進量は、らせん軸に沿った並進の最小周期に対する「ふたつめ数字 / ひとつめの数字」と定義されます。たとえば、\(4_3\) という対称要素を有する結晶は、「90°回転し、軸に沿って軸の周期の3/4だけ進む」という操作によって不変に保たれます。発音は、例えば \(4_3\) の場合、「よんさん(らせん)」、「four sub three (screw)」 などが普通です。
簡単そうに見えて意外と勘違しやすいのがらせん要素です。例えば、\(6_1\) 要素が \(2_1\) 要素を含むことや、\(4_2\) 要素が \(2_1\) 要素を含まないことを、説明できるでしょうか?自信がない方は、以下にらせんの対称要素を図示しますので、じっくり眺めてください。なお、このページでは、紙面垂直手前に向かって右ねじの方向でらせん軸を描きます。
まず、次数が2と3のらせん軸です。
緑色の、風車のような記号がらせん軸の対称要素です。以下、図の読み方に関する補足です。
- \(2_1\)らせんは、回転の向きは考慮する必要はありません。\(3_1\)と\(3_2\)らせんは、よく似た対称要素記号ですが、風車の向きが異なることにご注意ください。
- “\(\bf x+\)”は、紙面からの高さが “\(\bf x+z\)” であることを意味しています。高さの単位は、軸方向の1周期に対する分率です。具体的な単位をもつ量ではないことにご注意下さい。
- らせん操作は並進を伴うので、白丸は無限に存在します。例えば、\(\bf \frac{1}{2}+\)の高さにある白丸は、実は\(\bf \frac{3}{2}+\)や\(\bf -\frac{1}{2}+\)”にの高さにある白丸と重なっているのです。ただ、これらをすべて書くのは不可能ですし冗長過ぎるので、\(\bf +\)の前の数字が0以上1未満の場合のみを表記しています。
次は、次数が6のらせん軸です。
図の読み方については、もう補足説明は要らないでしょう。白丸や点丸の配置をよく見ると、例えば\(6_3\)は\(3\)や\(2_1\)の要素を含むことがわかります。
最後に、次数が4のらせん軸です。
\(4_1\)と\(4_3\)は \(2_1\)の要素を含み、\(4_2\) は \(2\)の要素を含んでいることがわかりますね。
格子並進
結晶であれば必ず有している対称要素が、格子並進要素です。格子並進要素には、 \(P\), \(A\), \(B\), \(C\), \(I\), \(F\), \(R\) の7種類が存在します。
\(P\) はもっとも単純な格子並進であり、単純格子並進と呼ばれます。右 (小画面端末では下) の図は、単純格子並進の一般位置を示しています。灰色の長方形は単位胞を表しており、左上を原点として下方向が\(\textbf{a}\) 軸、右方向が \(\textbf{b}\) 軸の方向です。右手座標系では、紙面手前方向が \(\textbf{c}\) 軸の方向になります。一般位置は、これまでの図と同様に高さ情報付きの白丸で表されており、\(\textbf{a}\) 軸、 \(\textbf{b}\) 軸、および \(\textbf{c}\) 軸の並進によってお隣の単位胞に移されます。なお、\(\textbf{c}\) 軸方向(画面垂直方向)にも一般点は無限に存在しますが、高さが0以上1未満の場合のみを表記しています。
さて単純格子並進 \(P\) に対して、残りの6種類は全て複合格子です。複合格子は \(P\) のもつ性質 (\(\textbf{a}\), \(\textbf{b}\), \(\textbf{c}\) の並進) に加えてさらに一つ以上の並進が存在し、単位胞内に2つ以上の一般位置 (格子点) を含みます。まず、底心格子並進 \(A\), \(B\), \(C\) の一般位置を示します。
ご覧のように、単位胞内に二つの一般位置が存在します。単純格子並進に加えて、\(A\) では \(\frac{1}{2}(\textbf{b}+\textbf{c})\) 並進が、\(B\) では \(\frac{1}{2}(\textbf{c}+\textbf{a})\) 並進が、\(C\) では \(\frac{1}{2}(\textbf{a}+\textbf{b})\) 並進が加わっています。
最後に、 格子並進 \(I\), \(F\), \(R\) の一般位置を示します。
\(I\) 格子では \(\frac{1}{2}(\textbf{a}+\textbf{b}+\textbf{c})\) の並進が加わり、単位胞内の一般位置は二つです。\(F\) 格子では \(\frac{1}{2}(\textbf{a}+\textbf{b})\), \(\frac{1}{2}(\textbf{c}+\textbf{a})\), \(\frac{1}{2}(\textbf{b}+\textbf{c})\) という三つの並進が加わり、一般位置は四つです。\(R\) 格子は、三方晶系の六方格子設定にのみ現れる対称要素です。六方格子設定は \(\textbf{a}\) と \(\textbf{b}\) は長さが等しく120°交わります。 \(\frac{2}{3}\textbf{a}+\frac{1}{3}\textbf{b}+\frac{1}{3}\textbf{c}\) と \(\frac{1}{3}\textbf{a}+\frac{2}{3}\textbf{b}+\frac{2}{3}\textbf{c}\) の並進が加わっています。
映進
映進は、鏡のように映ったあと、そこで終わらずに面に沿って進む(並進)という対称操作です。「映って進む」、と覚えましょう。対称要素記号は、\(a. b, c, n, e, d\) のいずれかです。これらの記号は並進の方向に対応しており、映進面の対称方向(法線方向)の情報は含まないということに注意しましょう。
軸映進 (\(a\), \(b\), \(c\))
軸映進 (axis glide) は、鏡映に引き続き \(\textbf{a}\), \(\textbf{b}\), \(\textbf{c}\) のいずれかの方向にその周期の1/2だけ並進します。それらの方向に対応して \(a\), \(b\), \(c\) と表記します。3種類すべてを説明するのは冗長なので、ここでは \(c\) 映進を例を説明します。
次の図は、紙面に平行で高さがゼロの \(c\) 映進面が存在する状況を示しています。灰色の長方形は単位胞を表し、下方向が \(\textbf{c}\) 軸、右方向が \(\textbf{a}\) あるいは \(\textbf{b}\) 軸、紙面垂直方向が \(\textbf{b}\) あるいは \(\textbf{a}\) 軸です。つまり \(c\) の対称方向(法線方向) は \(\textbf{b}\) か \(\textbf{a}\) のどちらかですが、対称要素記号だけでは判断できず単位胞の投影方向を考慮する必要があります。図中左上のカギカッコに矢印を付けた緑色の記号が対称要素記号です。矢印の方向は並進方向を表しており、この場合は当然 \(\textbf{c}\) 軸(下向き)の方向です。この映進によって白丸 (高さ\(+z\))は点丸 (高さ\(-z\))に写されています。
今度は、紙面平行ではなく、紙面垂直に \(c\) 映進面が存在する状況です。単位胞の向きは先ほどと同じです。緑色の長破線で示されている対称要素記号は、並進方向が紙面に沿った方向であることを意味し、この場合は下向き ( \(\textbf{c}\) 軸)です。この映進によって白丸 (高さ\(+z\))は点丸 (高さ\(+z\))に写されています。
ここまでの二つの図は、並進方向は下向きでしたが、 並進方向が紙面垂直の状況を表現したい場合もあります。次の図は、 \(\textbf{c}\) 軸が紙面垂直方向である場合の \(c\) 映進面の一般位置を示しています。右方向と下方向は \(\textbf{b}\) あるいは \(\textbf{a}\) 軸であり、紙面垂直方向が \(\textbf{c}\) 軸です。緑色の短破線で示された対称要素記号は、並進方向が紙面垂直方向(つまり \(\textbf{c}\) 軸)であることを意味します。この映進によって白丸 (高さ\(+z\))は点丸 (高さ\(1/2+z\))に写されています。ここまでに示した3つの図は、投影する方向が違うだけで、どれも同じ情報を表していることにご注意下さい。
最後に、軸映進の対称方向が \(\textbf{a}\), \(\textbf{b}\), \(\textbf{c}\) 軸のいずれか二つの合成方向になることケースを紹介します。このようなケースは正方格子、六方格子あるいは立方格子にみられます。
次の図は、正方格子(左)あるいは六方格子(右)において、\([110]\) 方向を対称方向とする \(c\) 映進面が存在する状況を示しています。いずれも (\textbf{c}\) 軸は紙面垂直ですので、対称要素は短破線で示されます。映進によって白丸 (高さ\(+z\))は点丸 (高さ\(1/2+z\))に写されています。
対角映進 (\(n\))
対角映進 (diagonal glide) は \(n\) と表記します。この要素は、鏡映に引き続き、対称方向と直交する二つの並進ベクトルの合成ベクトルの1/2だけ並進するような対称要素です。非常にわかりにくい定義ですね。たとえば、\(n\) 映進面の対称方向が \(\textbf{b}\) 軸で、 \(\textbf{a}\) と \(\textbf{c}\) 軸がそれに直交する場合、並進ベクトルは \(\frac{1}{2} (\textbf{a}+\textbf{c})\) であるということです。 対称方向に直交する2本の軸が作る平行四辺形の対角線方向に並進するのでこの名前がついています。\(n\) という記号から対称方向はもちろんのこと並進方向を読み取ることもできませんから、どういう文脈で使われているかを読み取ることが重要です。
次の二つの図は、\(n\) 映進面の対称方向が紙面垂直であるケース (左)と、紙面平行のケース (右) です。\(\textbf{a}\), \(\textbf{b}\), \(\textbf{c}\) 軸は右、下、紙面垂直方向のいずれかに対応します。対称要素記号は、前者はカギ括弧と対角線方向の矢印で表し、後者は点破線1で表します。2つの図は、投影方向が異なるだけで同じ情報を表しています。
軸映進の場合と同様に、対称方向が\(\textbf{a}\), \(\textbf{b}\), \(\textbf{c}\) 軸と一致しない場合もあります。次の図は、正方格子(左)あるいは六方格子(右)において、\([110]\) 方向を対称方向とする \(n\) 映進面を示しています。並進が \(\frac{1}{2}(\pm\textbf{a}\mp\textbf{b}+\textbf{c})\) であることにご注意ください。
最後に \(n\) 映進と複合格子の関係について説明します。複合格子は \(\textbf{a}\), \(\textbf{b}\), \(\textbf{c}\) 以外に余分な格子並進ベクトルを有しますが、その余分な格子並進ベクトルと \(n\) 映進の並進ベクトルが一致するケースを考慮する必要はありません。たとえば、\(c\) 軸垂直な \(n\) 映進面を有する \(C\) 底心格子を考えてみましょう。どちらも並進ベクトルは \(\frac{1}{2}(\textbf{a}+\textbf{b})\) です。作図すると次のようになりますが、よく見るとこれは単に \(c\) 軸垂直な鏡映 \(m\) が作用したとみなすことができますよね。わざわざ \(n\) 映進面を持ち出す必要はありません。このように格子並進ベクトルと \(n\) 映進の並進ベクトルが一致した場合、\(n\) 映進は必ず鏡映 \(m\) で置き換えることができます。
それでは、 \(\frac{1}{2}(\textbf{a}+\textbf{b})\) の半分 (つまり\(\frac{1}{4}(\textbf{a}+\textbf{b})\)) が、鏡映後の並進だったらどうなるんだろう?と考えたあなたは鋭いです。実はそれが後述するダイヤモンド映進面なのです。
二重映進 (\(e\))
二重映進 (double glide) は、\(e\) と表記します。この要素は \(\textbf{a}\), \(\textbf{b}\), \(\textbf{c}\) 軸が互いに直交する格子系にのみ存在し、対称方向は \(\textbf{a}\), \(\textbf{b}\), \(\textbf{c}\) 軸のいずれかです。これまで説明した軸映進や対角映進と大きく異なる点は、並進ベクトルが2つあることです。すなわち対称方向と直交する2本の軸はどちらも並進方向であり、並進量はそれぞれの1/2です。その結果、軸映進や対角映進では単位胞内に二つの等価位置が現れましたが、二重映進では四つの等価位置が現れます。たとえば、対称方向が \(\textbf{c}\) 軸の場合、並進ベクトルは \(\frac{1}{2}\textbf{a}\) と \(\frac{1}{2}\textbf{b}\) の二つです。要するに軸映進がダブルになったということですね。
次の図は、\(e\) 映進面の対称方向が紙面垂直であるケース (左)と、紙面平行のケース (右) です。対称要素記号は、前者は2方向矢印で表し、後者は二重点破線で表します。単位胞内に 4つの等価位置が現れていることがわかります。
もう少しこの対称要素を考察してみましょう。白丸の位置関係に注目すると、底心格子並進の関係になっていることがわかるでしょうか?同様に点丸 も底心格子並進の対称性を満たしています。つまり、\(e\) 映進の作用によって必ず底心格子要素も加わってしまう2のです。たとえばある結晶の \(\textbf{c}\) 軸を対称方向とする \(e\) 映進が存在すれば、その結晶は必ず \(C\) 底心格子であるということです。\(e\) 映進が二つ以上の軸方向に存在すれば \(F\) 面心格子になりますし、二つの軸の対角方向(例えば正方や立方の\([110]\))に存在すれば \(I\) 体心格子になります。言い換えると \(e\) 映進を有する空間群は必ず複合格子 (\(A,B,C,I,F\) のいずれか) を持ちます3。
ちなみに、\(e\) という対称要素記号は1992年以降に使用されるようになりました。その結果、次の5つの空間群については1992年を境にして表記が変わる4というややこしい状況になっていますので、古い文献を読む場合はお気を付けください。
空間群番号 | 39 | 41 | 64 | 67 | 68 |
1992以前 | \(Abm2\) | \(Aba2\) | \(Cmca\) | \(Cmma\) | \(Ccca\) |
1992以降 | \(Aem2\) | \(Aea2\) | \(Cmce\) | \(Cmme\) | \(Ccce\) |
ダイヤモンド映進 (\(d\))
最後はダイヤモンド映進(diamond glide)です。\(d\) と表記します。二重映進の場合と同様に、\(d\) 映進要素を有する空間群は複合格子 (\(I,F\) のいずれか) に限られます5。この要素は、鏡映に引き続き、 \(\textbf{a}\), \(\textbf{b}\), \(\textbf{c}\) 以外の複合格子並進ベクトルの1/2だけ並進します。\(\textbf{a}\), \(\textbf{b}\), \(\textbf{c}\) 以外の複合格子並進ベクトルとは、\(I\) の場合は \(\frac{1}{2}(\textbf{a}+\textbf{b}+\textbf{c})\) であり、\(F\) の場合は \(\frac{1}{2}(\textbf{a}+\textbf{b})\), \(\frac{1}{2}(\textbf{b}+\textbf{c})\) , \(\frac{1}{2}(\textbf{c}+\textbf{a})\) のいずれかです。これらのさらに半分が \(d\) 映進の並進ベクトルということです。もう一つ、\(d\) 映進面には特異な性質があります。それは必ず複数枚のセットで存在する必要があるということです。なかなか文章だけでは分かりにくいので、以下に図を用いて説明します。
具体例として \(F\) 面心格子の結晶が \(\textbf{c}\) 軸に垂直な \(d\) 映進を有するという状況を考えてみましょう。この場合、\(d\) 映進の並進ベクトルは \(\frac{1}{4}(\textbf{a}+\textbf{b})\) となります。この結晶を \(\textbf{c}\) 軸から投影したのが次の図です。下方向が \(\textbf{a}\) 軸、右方向が \(\textbf{b}\) 軸です。\(d\) 映進面は紙面から \(\frac{1}{2}\) の高さにあるとします。その対称要素記号は \(n\) 映進と同じくカギ括弧と対角線方向の矢印で表し6、 高さの情報 \(\frac{1}{2}\) を添えます。単位胞中の四つの白丸は、\(F\) 面心格子の一般位置に対応します。これに \(d\) 映進が作用して四つの点丸が生成していると考えることができます。
こちらの図は、上と全く同じ状況を、\(\textbf{b}\) 軸から投影したものです。今度は原点が右上になって、下方向が \(\textbf{a}\) 軸、左方向が \(\textbf{c}\) 軸、垂直手前方向が \(\textbf{b}\) 軸ということになります。\(d\) 映進面の対称要素記号は矢印付き点破線で表現されています。矢印の方向に、高さが+1/4ずつ変化していることにご注意ください。配置は異なりますが、単位胞中には \(F\) 面心格子の一般位置に対応する四つの白丸と、\(d\) 映進によって写された四つの点丸が存在します。
さて、上の二つの図をじっくり見てください。\(\frac{1}{4}(\textbf{a}+\textbf{b})\) だけではなくて、 \(\frac{1}{4}(\textbf{a}-\textbf{b})\) の方向にも、映進が存在することに気づくでしょうか。すなわち上の二つの図の完全版は次のようになります。対称要素記号もこちらが正式な書き方です。
大変回りくどい説明になりましたが、以上のように \(d\) 映進は同じ対称要素方向に必ず複数枚存在します。それらは対称要素方向の周期の1/4ずつ離れており、並進ベクトルが交互 (例えば\(\frac{1}{4}(\textbf{a}+\textbf{b})\) と \(\frac{1}{4}(\textbf{a}-\textbf{b})\)) に変化します。なお、\(d\) 映進が \(I\) 体心格子の正方・立方晶系の \([110]\) (および\([1\bar{1}0]\)) 方向に垂直に存在する場合もあるのですが、考え方は全く同じなので省略します。
映進面の種類と対称方向
全ての映進があらゆる対称方向に存在できるわけではありません。例えば \(a\) 映進面は、\(\textbf{a}\) 軸の方向に並進するわけですから、映進面の対称方向(法線方向)と \(\textbf{a}\) は直交している必要があります。\(\textbf{a}\) 軸を対称方向とする \(a\) 映進面は存在しません。以下に、どの結晶類(点群)のどの対称方向(主軸、副軸)に、どの映進面が現れる可能性があるかをまとめました。なお映進面が全く現れない結晶類は省略しています。
単斜
結晶類 | 主軸: \(\textbf{b}\) |
---|---|
\(m\), \(2/m\) | \(a,c,n\) |
直方
結晶類 | 主軸: \(\textbf{a}\) | 副軸1: \(\textbf{b}\) | 副軸2: \(\textbf{c}\) | |
---|---|---|---|---|
\(mm2\) | \(b,c,n,e,d\) | \(a,c,n,e,d\) | – | |
\(mmm\) | \(b,c,n,e,d\) | \(a,c,n,e,d\) | \(a,b,n,e,d\) |
正方
結晶類 | 主軸: \(\textbf{c}\) | 副軸1: \(\textbf{a}\) (=\(\textbf{b})\) | 副軸2: \(\langle110\rangle\) | |
---|---|---|---|---|
\(4/m\) | \(a,b,n\) | – | – | |
\(4mm\) | – | \(a,b,c,n\) | \(c,n,d\) | |
\(\bar{4}2m\) | \(\bar{4}2m\) | – | – | \(c,n,d\) |
\(\bar{4}m2\) | – | \(a,b,c,n\) | – | |
\(4/mmm\) | \(a,b,n\) | \(a,b,c,n\) | \(c,n,d\) |
立方
結晶類 | 主軸: \(\textbf{c}\)(=\(\textbf{a}\)=\(\textbf{b})\) | 副軸1: \(\langle111\rangle\) | 副軸2: \(\langle110\rangle\) | |
---|---|---|---|---|
\(m\bar{3}\) | \(a,b,n,d\) | – | – | |
\(\bar{4}3m\) | – | – | \(c,n,d\) | |
\(m\bar{3}m\) | \(a,b,n,d\) | – | \(c,n,d\) |
三方、六方
結晶類 | 主軸: \(\textbf{c}\) | 副軸1: \(\textbf{a}\)(=\(\textbf{b}\)=\([\bar{1}\bar{1}0])\) | 副軸2: \(\langle1\bar{1}0\rangle\) | |
---|---|---|---|---|
\(3m\) | \(3m1\) | – | \(c\) | – |
\(31m\) | – | – | \(a,c,n\) | |
\(3m\) | – | \(c,n\) | – | |
\(\bar{3}m\) | \(\bar{3}m1\) | – | \(c\) | – |
\(\bar{3}1m\) | – | – | \(a,c,n\) | |
\(\bar{3}m\) | – | \(c,n\) | – | |
\(6mm\), \(6/mmm\) | – | \(c\) | \(c\) | |
\(\bar{6}m2\) | \(\bar{6}m2\) | – | \(c\) | – |
\(\bar{6}2m\) | – | – | \(c\) |
対称要素間の関係
いくつかの対称要素の間には、「含む/含まれる」という関係性が存在します。例えば \(4\) という対称要素を有する物体は、90°, 180°, 270°, 360°の回転操作を許すということなので、当然 \(2\) という対称要素も有しています。つまり \(4\) は \(2\) を含んでいるわけですが、通常は上位の対称要素のみを記載すれば十分です。以下に、このような関係を図で表現しました。
線で結ばれているふたつの対称要素は、上位の要素が下位の要素を含むという関係性があります。最下位には当然 \(1\) が存在しており、本来であればすべての対称要素を下向きの線で結ぶべきなのですが、図が複雑になるために省略しています。
脚注
- 紙面平行な軸映進の場合は短破線と長破線を使いわけることで並進方向を区別しますが、\(n\) 映進の場合は点破線の一種類だけで十分です。 ↩︎
- 当然ながら、底心格子要素があるからといって必ず \(e\) 映進が存在するわけではありません。 ↩︎
- \(e\) 映進要素は、\(A\), \(B\), \(C\) あるいは \(F\) 格子の直方晶系に属する空間群の一部、\(I\) 格子の正方晶系に属する空間群の一部、\(I\) あるいは \(F\) 格子の立方晶系に属する空間群の一部に現れます。 ↩︎
- 空間群記号中の対称要素が「生成元」の意味合いを持つことを考慮すれば、別に \(Aem2\) (現在の公式表記) を \(Abm2\) (過去の公式表記) あるいは \(Acm2\) (非公式の表記) と表現しても大きな問題は生じません。どの表記を解釈しても、同じ空間群の構造を生成することができます。ただ \(Acm2\) ではなく \(Abm2\) を優先する納得のいく理屈はありませんし、消滅則を読み間違える可能性も高くなるので、一層のこと \(Aem2\) という新表記を採用したということです。 ↩︎
- \(d\) 映進要素は、\(F\) 格子の直方晶系に属する空間群の一部、\(I\) 格子の正方晶系に属する空間群一部、\(I\) あるいは \(F\) 格子の立方晶系に属する空間群の一部に現れます。 ↩︎
- 同じでいいの?混乱しない?と思われるかもしれませんが、そもそも映進記号中の矢印は、「映進の並進ベクトルが矢印方向の最小並進ベクトルの半分」であるという意味なのです。この図の場合、最小並進ベクトルは \(\frac{1}{2}(\textbf{a}+\textbf{b})\) ですから、映進の並進ベクトルは \(\frac{1}{4}(\textbf{a}+\textbf{b})\) となります。 ↩︎