2.2. 点群と空間群の記法 (HM記号)

 点群や空間群に関する議論を本格化する前に、それらの記法について説明します。点群や空間群の記法にはいくつか流儀があるのですが、ここでは結晶学で最も広く使われているヘルマン・モーガン記号 (Hermann–Mauguin1 symbol, 以下HM記号) の記法を説明します。

 HM記号は、「1.2. 対称性と対称操作/要素」のページで説明した対称要素の記号を組み合わせて表現します。まず、点群の記法を説明し、続いて空間群の記法を説明します。


点群

 点群とは、前ページで説明したように、不動点を持つ対称操作の集合です。点群は無限に存在しますが、ここでは並進対称と両立しうる操作のみを組み合わせた結晶族点群 (crystallographic point groups, 詳しくは別ページ参照) に限定して表記法を説明します 。

点群と単位格子の関係

 本題に入る前に、少し天下り的ですが話を整理しておきます。全ての結晶は230種類の空間群に分類され、空間群は32種類の結晶族点群に分類されます。結晶族点群は7種類の結晶系に分類され、結晶系は6種類の結晶族 (crystal families) に分類されます2。つまり、結晶族点群から上に登ればなんらかの単位格子を持つ結晶にたどり着き、下っていけば最下層の結晶族という分類にたどり着きます。結晶族とは、7種類の結晶系から三方晶系と六方晶系をまとめたものであり単位格子の形状による分類と考えることができます。すなわち、本来点群と単位格子は縁もゆかりもない概念なのですが、「結晶族」点群に限れば単位格子と結び付けて考えることができるわけです。
 各結晶族には、単位格子の形状を特徴づけるユニークな対称要素 (回転軸や回反軸) が存在3し、その方向を主軸といいます。ユニークな対称要素が二つ以上ある場合は、それらの方向を副軸1, 副軸2とよびます。主軸や副軸の方向を単位格子の各辺 \(a, b, c\) の方向と対応付けるルールが以下のように定められています。

結晶族主軸
(primary)
副軸1
(secondary)
副軸2
(tertiary)
三斜(triclinic)
単斜 (monoclinic)\(\textbf{b}\)
直方 (orthorhombic)\(\textbf{a}\)\(\textbf{b}\)\(\textbf{c}\)
正方 (tetragonal)\(\textbf{c}\)\(\textbf{a}\) = \(\textbf{b}\)\([110]\) = \([1\bar{1}0]\)
六方4 (hexagonal)\(\textbf{c}\)\(\textbf{a}\) = \(\textbf{b}\) = \([\bar{1}\bar{1}0]\)\([1\bar{1}0]\) = \([120]\) = \([\bar{2}\bar{1}0]\)
立方 (cubic)\(\textbf{a}\) = \(\textbf{b}\) = \(\textbf{c}\)\([111]\) = \([\bar{1}11]\) = \([1\bar{1}1]\) = \([11\bar{1}]\)\([110]\) = \([1\bar{1}0]\) = \([011]\) = \([01\bar{1}]\) = \([ 101]\) = \([\bar{1}01]\)

等号 = の記号は、結晶学的に等価な方向であることを示します。例えば立方晶族 (立方晶系) では \(a\) = \(b\) = \(c\) と書かれていますが、これは立方晶族のユニークな対称要素である \([111]\) 方向の3回回転によって、\(a\), \(b\), \(c\) が全く同じ性質をもつということを意味しています。従って、立方晶族の主軸は\(a\), \(b\), \(c\)の三つです。正方、六方、立方の副軸についても同様です。

点群の記法

 さていよいよ本題です。HM記号では、点群は以下のように(最大)三つの要素を並べて表現します。$$
\Large X\ Y\ Z$$

三つの要素 \(X, Y, Z\) は各結晶族で定義される主軸 (primary)、副軸1 (secondary)、副軸2 (tertiary) の方向にそれぞれ対応します。これらの方向に沿って対称要素が存在するので、対称方向 (symmetry direction) ということもあります。\(X, Y, Z\) に書き込むのは対称要素の記号(\(1, 2, 3, 4, 6, \bar{1}, m, \bar{3}, \bar{4}, \bar{6}\)) です。ひとつの対称方向に回転\(2, 3, 4, 6\)と鏡映 \(m\)5が同時に存在する場合は、例えば \(2/m\)のように、スラッシュ”\(/\)”で結びます6。 三斜を除く結晶族では、主軸方向の対称要素を\(X\) に記載します。 三斜晶族には主軸がありませんが、代わりに恒等要素 \(1\) か対称心 \(\bar{1}\) を \(X\) に記載します。つまり \(X\) が空白になることはありません。一方、副軸に対称要素が存在しない場合は、\(Y, Z\) は省略します。ルールはこれだけです。すべての結晶族点群とそれらがどの結晶族(系)に属するかは別ページにまとめていますので、ここでは二つほどの例を説明するにとどめておきましょう。

点群の例

\(2/m\)

 この点群は、単斜晶族に属します。従ってこの記号の意味は、主軸である \(b\) 軸の方向に2回回転 \(2\) と鏡映 \(m\)が同時に存在するという意味になります。

\(3\ m\)

 この点群は、六方晶族に属します。従ってこの記号の意味は、主軸である \(c\) 軸の方向に3回回転 \(3\) が存在し、副軸1である \(a\), \(b\) および \([\bar{1}\bar{1}0]\) のすべての方向に鏡映 \(m\) が存在するという意味になります。副軸2は恒等要素 \(1\) しかありません。\(3\ m\ 1\) と書いても間違いではありませんが、通常は\(3\ m\) と書きます。

 ところで、副軸1が \(1\) で副軸2が \(m\)であるような場合はどのように書いたらいいでしょうか?一瞬 \(3\ 1\ m\) と書いたらいいような気がしますが、\(3\ 1\ m\) を \(c\) 軸の周りに1/6 回転すれば \(3\ m\) と全く等価 (同型) ですから、区別する必要はありません。ただし、後述するように空間群の場合にはこの二つを区別する必要があります。

\(\bar{6}\ m\ 2\)

 この点群は、六方晶族に属します。従ってこの記号の意味は、主軸である \(c\) 軸の方向に6回回反 \(\bar{6}\) が存在し、副軸1である \(a\), \(b\) および \([\bar{1}\bar{1}0]\) のすべての方向に鏡映 \(m\)が存在し、副軸2である \([1\bar{1}0]\) および \([120]\), \([\bar{2}\bar{1}0]\) のすべての方向に2回回転 \(2\) が存在するという意味になります。  


空間群

空間群の記法

 空間群は以下のように(最大)四つの要素を並べて表現します。$$\Large W\ X\ Y\ Z$$

\(W\) には、格子のタイプ (\(P, A, B, C, I, F, R\)) を記載します。空白になることはありません。\(X, Y, Z\) については基本的には点群の記法と同じルールですが、注意が必要な点をいくつか紹介します。

 まず \(X, Y, Z\) が対応する対称方向は、点群のルールに準拠します。ただし単斜晶族を完全表記 (詳細は後述) で記載する場合に限って、点群のルールには従わず \(X, Y, Z\) を \(a, b, c\) 軸方向に対応させるという例外があります。 \(X, Y, Z\) に記載する対称要素は、回転、回反、対称心、鏡映、らせん、映進の全てが対象となります。回転あるいはらせんが、鏡映あるいは映進と同一の対称方向に存在する場合は、点群の場合と同様にスラッシュ”\(/\)”で結びます。

 また空間群では、対称方向は同じだが複数の対称要素が交わらないで存在することがあります7。このような場合にどの対称要素を優先して記載すればいいか、以下のようにルールが決められています。

さらに、点群の場合は恒等要素\(1\)が登場するのは点群\(1\)の場合のみでしたが、空間群では軸との関係を明確にするため\(P1\)以外の空間群でも\(1\)が登場することがあります。

 いくつかの例を以下に示します。230種類の空間群は別のページにまとめています。

\(C\ 1\ 2/m\ 1\)

 この空間群は、単斜晶族に属します。最初の文字 \(C\) は底心格子であり、\(\textbf{a}\), \(\textbf{b}\), \(\textbf{c}\) に加えて \(1/2 (\textbf{a}+\textbf{b})\) にも並進ベクトルが存在することを意味します。 \(C\) に続く\(1\ 2/m\ 1\) は完全表記なので上述の例外ケースです。すなわち、\(1\), \(2/m\), \(1\) はそれぞれが\(\textbf{a}\), \(\textbf{b}\), \(\textbf{c}\)方向に対応します。要するにこの空間群は、 \(C\) 底心格子で\(\textbf{b}\) 軸方向に\(2/m\)を有すると解釈できます。

 ところでこの空間群は、\(\textbf{b}\) 軸方向に \(2\) と \(m\) だけでなく、らせん \(2_1\) や 映進 \(a\) も有しています。だからと言って、\(C\ 1\ 2_1/m\ 1\) とか \(C\ 1\ 2/a\ 1\) とは書きません。上述の優先ルールが適用されるからです。

\(P\ 3\ 1\ m\)

 この空間群は、六方晶族に属します。最初の文字 \(P\) は単純格子であり、\(\textbf{a}\), \(\textbf{b}\), \(\textbf{c}\) に並進ベクトルが存在します。主軸である \(c\) には \(3\)、副軸1には \(1\)、副軸2である\([1\bar{1}0]\), \([120]\) および \([\bar{2}\bar{1}0]\) の方向に\(m\) が存在します。

 さきほど点群では \(3\ m\) と \(3\ 1\ m\) を区別しないと説明しました。これも一緒なんじゃない?と思われたことでしょう。ところが、空間群では \(P\ 3\ m\ 1\) と \(P\ 3\ 1\ m\) を区別する必要があるのです。この問題については改めて別ページで議論しますが、空間群記号ではこの例のように対称方向を明確にするため恒等要素 \(1\) が登場することがあります。

\(I4/m\ 2/m\ 2/m\)

 この空間群は、正方晶族に属します。最初の文字 \(P\) は単純格子であり、\(\textbf{a}\), \(\textbf{b}\), \(\textbf{c}\) に並進ベクトルが存在します。主軸である \(c\) には \(4/m\)、副軸1である \(\textbf{a}\) と \(\textbf{b}\) には \(2/m\) が存在し、副軸2である\([1\bar{1}0]\), \([120]\) および \([\bar{2}\bar{1}0]\) の方向にも \(2/m\) が存在します。この空間群はらせんや映進の対称要素も含んでいるのですが、記号上では上述の優先ルールによって回転と鏡映だけが現れています。


完全表記/短縮表記 (Full/short symbol)

 ここまで説明してきた点群や空間群の表記は完全表記 (Full symbol) と呼ばれるものです。ただし、「完全」とは言っても本当にすべての対称要素を羅列するのではなく、恒等要素 \(1\) や(優先ルールに従って)らせん要素や映進要素が省略される場合もあることにご注意ください。

 完全表記に対して、短縮表記 (short symbol) とは言葉の通り点群や空間群を少し短く表現する記法です。たとえば、点群 \(2/m\ 2/m\ 2/m\)(完全表記) は \(m\ m\ m\) (短縮表記)となります。完全表記を短縮表記に変換するルールは以下の通りです。

 ひとつ目に関して、なぜ「鏡映・映進」を優先するのでしょう?空間中のある方向に対称要素を配置するとき、回転・らせん軸の場合は2つのパラメータが必要ですが、鏡映・映進面の場合は1つだけです。つまり、鏡映・映進面の方が、対称性の性質をより明瞭に表すことができるのです。

 ふたつ目に関しても、もう少し説明が必要だと思われます。そもそもHM記号というのは、完全表記か短縮表記かに関わらず、記号中の対称要素(が含む対称操作)を生成元と考えると群全体を生成できるようにデザインされています8。生成元とは、その名の通り群全体を生成するための元です(詳しくはこちら)。例えば、点群 \(2/m\ 2/m\ 2/m\) は直交する三方向のそれぞれに2回回転 \(2\) と鏡映 \(m\) が存在する点群です。ここから三方向の \(2\) を取り除いたとしても、残った三枚の鏡映 \(m\) の組み合わせ作用によってどうしても \(2\) が生じてしまうのです。すなわち、直交する三方向の鏡映 \(m\) によって点群 \(2/m\ 2/m\ 2/m\) は完全に生成されるので、短縮表記で \(m\ m\ m\) と表現します。一方、点群 \(4/m\) について 鏡映 \(m\) だけを残したとしたら、単なる点群 \(m\) になってしまいます。もととは異なる性質になってしまいますから、 4回回転 \(4\) を省略することはできず、短縮表記でも \(4/m\) のままです。

 すべての結晶族点群および空間群についての完全/短縮表記は別のページにまとめています (結晶族点群空間群) ので、参考にしてください。


脚注

  1. Hermann-Mauguin記号は、Hermann (1928, 1931)とMauguin (1931)によって提案され、ITAの前身である Internationale Tabellen zur Bestimmung von Kristallstrukturen (1935)に導入されました。 ↩︎
  2. このあたりの分類の話は、改めて「3.7.空間群の分類」ページで説明します。なお、結晶族点群と結晶族は、どちらも「結晶族」という言葉を含みますが、これは単なる日本語訳の問題です。英語では、前者は crystallographic, 後者は crystal family です。 ↩︎
  3. 正確には、結晶族とは結晶系と格子系の食い違いを吸収した概念です。これについても「3.7. 空間群の分類」ページで説明します。 ↩︎
  4. 念のため、六方晶族は三方晶系と六方晶系をまとめた分類です。 ↩︎
  5. 鏡映 (や映進)は、その法線方向が対象要素の方向です。 ↩︎
  6. 回反と鏡映が同じ方向に存在したとしても、以下のように結局は回転と鏡映の組み合わせで表現することが可能なため、考慮する必要はありません。
    \(\bar{1}/m=2/m,\ \bar{3}/m=6/m,\ \bar{4}/m =4/m,\ \bar{6}/m =3/m\) ↩︎
  7. 点群では全ての対称要素が不動点を通ります。 ↩︎
  8. HM記号が必ずしも必要最小限の生成元だけで構成されるという意味ではありません。 ↩︎

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