格子面とは
結晶の中で原子は三次元的に周期的に配列しています。そのため、結晶をある方向から眺めると原子がほぼ同一平面上に並ぶような状況が生まれます。次の動画は NaCl 結晶 (空間群 \(Fd\bar{3}m\) ) が回転する様子を示しています。黄色い原子がCl、緑の原子がNaです。じっと動画を観察すると、回転の最中に構成原子が同一平面上に並び、さらにその平面が等間隔で平行に並んでいる瞬間があることにお気づきでしょうか。しかもその面の方向や間隔は1種類ではなく複数種類ありそうです。回折を考えるうえで本質的なのはこのような「平行で等間隔の面集合」であり、これを格子面といいます。
格子面とミラー指数
格子面は 「すべての格子点を過不足なく網羅し、かつ等間隔に並んだ平行な面の(無限)集合」 と定義される概念です。そして格子面を表すには三つの互いに素1な整数 \(h,k,l\) を用いて \((h\,k\,l)\) のように表現します。これをミラー指数2 (Miller indices) といいます。\((h\,k\,l)\) は、格子ベクトル \(\mathbf{a}, \mathbf{b}, \mathbf{c}\) をそれぞれ \(h,\,k,\,l\) 等分するような面集合です。初学者は格子面 \((h\,k\,l)\) のことを一枚の特定の面を表すと誤解しがちですが、そうではありません。格子面とは等間隔で平行な面集合であるということを重ねて強調しておきます。一方、結晶外形面を表すときにもミラー指数が使われますが、この場合はもちろん表面に露出した一枚の面を指します。
ミラー指数の具体例
たとえば、\(\mathbf{a}\) 軸を2等分し、\(\mathbf{b}\) 軸を1等分し、\(\mathbf{c}\) 軸に平行 (すなわち 0 等分) な面集合の指数は \((210)\) です。ある軸に平行な場合その軸方向の切片は無限大になるので、対応する指数は 0 となることに注意しましょう。\((100)\) は \(\mathbf{a}\) 軸を1等分し、\(\mathbf{b}\) 軸と \(\mathbf{c}\) 軸に平行な面集合を表しますし、\((001)\) は \(\mathbf{c}\) 軸に垂直な面集合を表します。右上に示した動画は、NaCl 結晶に対する \((210)\) 格子面を半透明のピンク色で示しています。格子ベクトルの向きに注意して、確かに \(\mathbf{a}\) 軸を2等分、\(\mathbf{b}\) 軸を1等分、\(\mathbf{c}\) 軸に平行な面集合であることを確認してください。
\(h,\,k,\,l\) が負になることもあります。このような場合、負号を数字の上のバーで表し、たとえば \((\bar{2}10)\) のように書きます。これは、\(\mathbf{a}\) 軸を-2等分するという意味ではなく、\(-\mathbf{a}\) 軸を2等分するという意味です。右下に示した動画は、NaCl 結晶に対する \((\bar{2}10)\) 格子面を示しています。\((210)\) との違いに注意してください。
↑\((210)\)↑ と ↓\((\bar{2}10)\)↓
格子ベクトル \(\mathbf{a}, \mathbf{b}, \mathbf{c}\) の向き
(動画が同期していないときはリロードしてください)
\((h\,k\,l)\) と \(\{h\,k\,l\}\)
ミラー指数を \((hkl)\) のように丸括弧 \((\,)\) (round brackets) ではなく、\(\{h\,k\,l\}\) のように波括弧 \(\{\,\}\) (curly brackets) で書いた場合は、対称操作によって互いに等価である面集合の集合を表します。特に結晶外形面を表すときによく使われますが、等価な格子面をまとめて表現したいときにも使われます。たとえば立方晶系において \( (1\,0\,0)\), \((0\,1\,0)\), \((0\,0\,1)\), \( (\bar{1}\,0\,0)\), \((0\,\bar{1}\,0)\), \((0\,0\,\bar{1})\) という六つの面はまとめて \(\{100\}\) と書かれます。\((100)\) と \(\{100\}\) は似て見えても意味は同じではありません。前者は特定方位の面集合であり、後者は対称的に等価な面集合の集合です。当然ながら対称性 (点群か結晶系) を指定しなければ、\(\{hkl\}\) という表記は意味をなしません。文脈依存の使い方になることに注意してください。
なお \((hkl)\) と \(\{hkl\}\) の区別は、「1.3. 格子定数・結晶系・ブラベー格子」のページで述べた結晶中の方向 (lattice direction) の表現における \([u\,v\,w]\) と \(\langle u\,v\,w\rangle\) の関係に非常によく似ています。念のため、\([u\,v\,w]\) は単一の方向 \(u\mathbf{a} +v\mathbf{b} +w\mathbf{c}\) を指すのに対し、\(\langle u\,v\,w\rangle\) はそれと等価な方向の集合のことです。括弧の種類がたくさんあって混乱しますが、以下のように覚えるとよいでしょう。
- 丸みを帯びた丸括弧 \((\,)\) と 波括弧 \(\{\,\}\) は面を表す
- 直線からなる角括弧 \([\,]\) と山括弧 \(\langle\,\rangle\) は方向を表す
- 真ん中が尖っている波括弧 \(\{\,\}\) と山括弧 \(\langle\,\rangle\) は等価な面・方向の集合を表す
格子面 ≠ 平面上に並んだ原子
ページの上の動画ではたまたま原子がきれいに平面上に並ぶ様子が観察できましたが、だからと言って格子面は 「平面上に並んだ原子が作る面」 ではありません。結晶格子は空間内に周期的に並ぶ格子点の集合として定義される幾何学的概念であり、格子面もその周期性から定まる面集合です。実際の結晶構造では、ある格子面に沿って多くの原子が並んで見えることはありますが、格子面が常に原子の位置と一致するわけではありません。回折で本質的なのは、散乱体 (原子) が一枚の理想的な平面上に厳密に並んでいることではなく、散乱体の分布が空間的に周期性をもっていることです。次のブラッグ条件の説明では格子面が強調されますが、実際にはそれは周期構造を直感的に理解するための便利な見方に過ぎません。格子面という概念は、原子の実在する薄い板を想像するというよりも、「位相がそろう面集合」と捉えた方が正確です。
結晶面
格子面と似た用語として 「結晶面」 があります。結晶面 (crystal face) とは結晶の外形をつくる実在の平らな表面のことであり、結晶外形面ということもあります。本来は格子面と違う概念ですが、日常的な説明では結晶面という用語を格子面の意味で使う場面が多く見受けられます。どちらを指すかは前後の文脈で判断できることがほとんどですので、ご安心ください。
結晶学の歴史な経緯としては、まず結晶外形面の方位を記述する必要からミラー指数表記が発達し、その後同じ考え方が格子面へ拡張されました。結晶外形面と格子面は無関係ではありません。Bravais の法則3 (Bravais law) によれば、結晶でよく発達する外形面は内部で格子点密度の高い格子面に平行です。すなわち、外側に見えている結晶外形面は、内部の格子の周期性を反映していることが多いのです4。
ブラッグ条件
格子面 \((hkl)\) の面間隔 (interplanar spacing) は、\(d_{hkl}\) と書きます。面間隔が小さいほど、その面集合はより密に並んでいます。次の図で示すように、入射波 (X線、電子線、中性子線など) がこの面集合で散乱されるとき、隣り合う面で散乱された波の光路差が波長の整数倍になると反射波は強め合います。この現象を回折といい、回折現象が起きる条件$$
2d_{hkl}\sin\theta=n\lambda
$$をブラッグ条件 (Bragg’s law)5と呼びます。ここで、\(\lambda\) は 入射線の波長、\(\theta\) は入射線と面のなす角、\(n\) は正の整数で、反射の次数 (order of the reflection) を表します。
ブラッグ条件の模式図
(\((100)\) 格子面による回折の例)
なお、ブラッグ条件は「どの角度で強め合いが起こりうるか」を与える式であって、反射の強さそのものを与える式ではありません。反射強度は、単位胞内にどのような原子がどの位置に存在するかによって変わり、その情報は結晶構造因子 (structure factor) に含まれます。ブラッグ条件は反射角度を決める条件であり強度を決める条件ではないという区別が大切です。
次数 \(n\) と反射指数
次数 \(n\) とミラー指数の関係は初学者がかなり混同しやすい点です。例えば \(n\) 次のブラッグ条件は、$$
2d_{hkl}\sin\theta=n\lambda \quad \Rightarrow \quad 2\left(\frac{d_{hkl}}{n}\right)\sin\theta=\lambda
$$と書き換えることができます。すなわち、面間隔 \(d_{hkl}\) をもつ面集合での \(n\) 次反射は、面間隔 \(d_{hkl}/n\) の面集合による1次反射と等価です。そして \((h\,k\,l)\) の法線方向と同じで面間隔が \(d_{hkl}/n\) の面集合とは、要するに \((nh\,nk\,nl)\) のことではないか、と誰もがすぐに気づくことでしょう。すなわち、上の式は$$
2\left(\frac{d_{hkl}}{n}\right)\sin\theta=\lambda \quad \Rightarrow \quad 2d_{2h2k2l}\sin\theta=\lambda
$$とさらに書き換えられるのです。たとえば、\((111)\) に対する2次反射は、\((222)\) の1次反射と考えることが出来ます。これは大変有用な考え方です。
ただし、ここで注意点があります。\((222)\) のように互いに素でない \(h,k,l\) を使った指数表示は厳密にはミラー指数ではありませんし、その指数が表す面周期も格子面ではありません。ミラー指数はもともと結晶外形面の方位を記述するために発達したので、 \((h\,k\,l)\) と \((nh\,nk\,nl)\) を区別しないという定義なのです。とはいえ上記のように \((nh\,nk\,nl)\) という表記もシンプルで捨てがたいものです。そこで回折現象を記述する文脈では互いに素でない \(h,k,l\) を使った指数表示を許容し、これを反射指数 (Reflection indices) またはラウエ指数 (Laue indices) と呼びます。なおここまで解説しておいて元も子もないのですが、この辺りの定義や用語の区別に労力を費やすのはあまり有益ではありません。このHPではミラー指数と反射指数を区別せず単に \((h\,k\,l)\) と表現しますし、その指数が表す周期性も格子面と呼ぶことにします。またブラッグ条件は右辺から次数 \(n\) を無くした最後の形式で解説します。
なお、格子面と回折の関係をより厳密に扱うためには、面集合に垂直なベクトルを導入する方が便利です。面集合 \((hkl)\) に対しては、それに対応するベクトルが定義でき、面間隔や回折条件を統一的に表すことができます。この考え方が逆格子 (reciprocal lattice) の導入につながります。次ページでは、このベクトルの意味と、結晶面・面間隔・回折条件がどのように統一的に表現されるかを見ていきます。
脚注
- 格子面はすべての格子点 (lattice points) を過不足なく通る面集合と定義されます。面と一致しない格子点があってはいけませんし、格子点を通らない面もありません。この定義から、\(h,\,k,\,l\) が素でなければならないことを示してみます。まず、格子点の一つを選んで原点とし、空間座標を\((u, v, w) = u\mathbf{a} +v\mathbf{b} +w\mathbf{c}\)と表現することにします。そうすると格子面の面集合は \(m\) を任意の整数として$$
h u + k v + l w = m
$$という平面方程式で表せます。\(p,q,r\) を任意の整数とすると、格子点の座標は \((p,q,r)\) と表現できますから、上記の平面方程式のどれか一つを満たすことは明らかです。つまり面と一致しない格子点はありません。ところで、\(h,\,k,\,l\) が互いに素でなくて共通の約数 \(n\) を持つと仮定すると、\(h’=h/n,\, k’=k/n,\, l’=l/n\) として $$
h’ u + k’ v + l’ w = m/n
$$という平面が面集合に含まれます。\(m/n\) が整数とは限りません。整数でない場合、その平面は格子点を通らない面ですから、定義に反します。従って、\(h,\,k,\,l\) は互いに素でなければなりません。 ↩︎ - https://dictionary.iucr.org/Miller_indices ↩︎
- https://dictionary.iucr.org/Bravais_law ↩︎
- ただし、これは「すべての格子面がそのまま結晶外形面として現れる」という意味ではありません。結晶外形面は実在の表面であり、格子面は内部構造に基づく幾何学的な面集合です。 ↩︎
- この式は結晶学の歴史の中でも特に重要です。1912 年に Max von Laue と Friedrich, Knipping によって、結晶が X 線に対して回折像を与えることが示されました。これは、X 線が波としてふるまうこと、そして結晶が内部に規則的な周期構造をもつことを明確に示した画期的な成果でした。その直後、1913 年にW. L. Bragg は結晶を多数の平行な格子面の集合として考えると、回折条件が非常に簡潔な幾何学で理解できることを示しました。このように、Laue の回折実験と Bragg の幾何学的解釈が結び付くことで、現代の X 線結晶学の基礎が急速に築かれました。https://dictionary.iucr.org/Bragg%27s_law ↩︎