乗積表
ある群から任意の元を二つ選び、それらの演算結果 (積)を並べた表を、乗積表 (Cayley1 table )といいます。例えば 元として恒等変換 (\(1\)) と対称心 (\(\bar{1}\)) を含む点群 \(\bar{1}\) の乗積表は、以下のようになります。
\(1\) | \(\bar{1}\) | |
\(1\) | \(1\) | \(\bar{1}\) |
\(\bar{1}\) | \(\bar{1}\) | \(1\) |
点群 \(m\) (主軸は \(b\)) の乗積表は、以下のようになります。なお、対称操作の記号にはザイツ記号 (こちらを参照) しています。
\(1\) | \(m_{010}\) | |
\(1\) | \(1\) | \(m_{010}\) |
\(m_{010}\) | \(m_{010}\) | \(1\) |
点群 \(\bar{4}\) (主軸は \(c\)) の乗積表は、以下のようになります。
\(1\) | \(2_{001}\) | \(\bar{4}^+_{001}\) | \(\bar{4}^-_{001}\) | |
\(1\) | \(1\) | \(2_{001}\) | \(\bar{4}^+_{001}\) | \(\bar{4}^-_{001}\) |
\(2_{001}\) | \(2_{001}\) | \(1\) | \(\bar{4}^-_{001}\) | \(\bar{4}^+_{001}\) |
\(\bar{4}^+_{001}\) | \(\bar{4}^+_{001}\) | \(\bar{4}^-_{001}\) | \(2_{001}\) | \(1\) |
\(\bar{4}^-_{001}\) | \(\bar{4}^-_{001}\) | \(\bar{4}^+_{001}\) | \(1\) | \(2_{001}\) |
点群 \(222\) の乗積表は、以下のようになります。
\(1\) | \(2_{100}\) | \(2_{010}\) | \(2_{001}\) | |
\(1\) | \(1\) | \(2_{100}\) | \(2_{010}\) | \(2_{001}\) |
\(2_{100}\) | \(2_{100}\) | \(1\) | \(2_{001}\) | \(2_{010}\) |
\(2_{010}\) | \(2_{010}\) | \(2_{001}\) | \(1\) | \(2_{100}\) |
\(2_{001}\) | \(2_{001}\) | \(2_{010}\) | \(2_{100}\) | \(1\) |
乗積表では、任意の列あるいは行をひとつ選んだとき、全て元が一回ずつ現れるという性質があります。
群の同型
2つの群 \(G, H\) の間に同型写像が存在するとき、\(G, H\) の関係を同型 (isomorphism)であるといいます。同型写像とは、\(G\)の元を\(H\)の元に写すような関数 \(f\) が、\(f(ab)=f(a)f(b)\) (ただし \(a,b\) は\(G\) の任意の元)という性質を満たし、なおかつ全単射である2ような写像のことです。2つの群が同型であるということは、群としての構造が全く同じであることを意味します。言い換えると、同型な群の乗積表は、適切に記号を置き換えると一致するということです。
点群 (有限群)の場合
たとえば点群 \(\bar{1}\) と \(m\) の乗積表を比べてみると、\(\bar{1} \leftrightarrow m_{010}\) という置換で等しくなることが分かります。すなわち、点群 \(\bar{1}\) と \(m\) は同型です。位数(元の数)が2の群の乗積表は、単位元を\(E\), それ以外の元を\(A\)として、以下のパターンしか有り得ません。位数が2の点群は \(\bar{1},m, 2\)があり、これらは全て同型ということになります。
\(E\) | \(A\) | |
\(E\) | \(E\) | \(A\) |
\(A\) | \(A\) | \(E\) |
一方、点群 \(\bar{4}\) の乗積表の記号をどのように置換したとしても、点群 \(222\) の乗積表と一致させることは出来ません。したがって点群 \(\bar{4}\) と \(222\) は同型ではありません。位数が4の群の乗積表は、単位元を\(E\), それ以外の元を\(A, B, C\)として、以下の2つのパターンがあります。
\(E\) | \(A\) | \(B\) | \(C\) | |
\(E\) | \(E\) | \(A\) | \(B\) | \(C\) |
\(A\) | \(A\) | \(E\) | \(C\) | \(B\) |
\(B\) | \(B\) | \(C\) | \(A\) | \(E\) |
\(C\) | \(C\) | \(B\) | \(E\) | \(A\) |
\(E\) | \(A\) | \(B\) | \(C\) | |
\(E\) | \(E\) | \(A\) | \(B\) | \(C\) |
\(A\) | \(A\) | \(E\) | \(C\) | \(B\) |
\(B\) | \(B\) | \(C\) | \(E\) | \(A\) |
\(C\) | \(C\) | \(B\) | \(A\) | \(E\) |
前者は点群 \(4, \bar{4}\) が該当し、後者は点群 \(2/m, 222, mm2\) が該当します。位数が有限である群 (有限群) に関する同型の分類についてはこちら (信州大学・花木先生の資料)に詳しくまとめられています。
空間群 (無限群) の場合
さて、点群 \(\bar{1}\) と \(m\) は同型であることが分かりました。それでは、空間群 \(P\bar{1}\) と \(Pm\) は同型でしょうか?「格子並進が加わっただけだから同型のままなんじゃない?」 と思われる方がいるかもしれませんが、実は違います。乗積表を書き下して検討してみましょう (空間群は位数が無限なので一部だけ書くことにします)。
\(P\bar{1}\)の乗積表
\(\{1|0,0,0\}\) | \(\{\bar{1}|0,0,0\}\) | \(\{1|1,0,0\}\) | \(\{\bar{1}|1,0,0\}\) | \(\{1|0,1,0\}\) | \(\{\bar{1}|0,1,0\}\) | \(\cdots\) | |
\(\{1|0,0,0\}\) | \(\{1|0,0,0\}\) | \(\{\bar{1}|0,0,0\}\) | \(\{1|1,0,0\}\) | \(\{\bar{1}|1,0,0\}\) | \(\{1|0,1,0\}\) | \(\{\bar{1}|0,1,0\}\) | \(\cdots\) |
\(\{\bar{1}|0,0,0\}\) | \(\{\bar{1}|0,0,0\}\) | \(\{1|0,0,0\}\) | \(\{\bar{1}|1,0,0\}\) | \(\{1|1,0,0\}\) | \(\{\bar{1}|0,1,0\}\) | \(\{1|0,1,0\}\) | \(\cdots\) |
\(\{1|1,0,0\}\) | \(\{1|1,0,0\}\) | \(\{\bar{1}|\bar{1},0,0\}\) | \(\{1|2,0,0\}\) | \(\{\bar{1}|0,0,0\}\) | \(\{1|1,1,0\}\) | \(\{\bar{1}|\bar{1},1,0\}\) | \(\cdots\) |
\(\{\bar{1}|1,0,0\}\) | \(\{\bar{1}|1,0,0\}\) | \(\{1|\bar{1},0,0\}\) | \(\{\bar{1}|2,0,0\}\) | \(\{1|0,0,0\}\) | \(\{\bar{1}|1,1,0\}\) | \(\{1|\bar{1},1,0\}\) | \(\cdots\) |
\(\{1|0,1,0\}\) | \(\{1|0,1,0\}\) | \(\{\bar{1}|0,\bar{1},0\}\) | \(\{1|1,1,0\}\) | \(\{\bar{1}|1,\bar{1},0\}\) | \(\{1|0,2,0\}\) | \(\{\bar{1}|0,0,0\}\) | \(\cdots\) |
\(\{\bar{1}|0,1,0\}\) | \(\{\bar{1}|0,1,0\}\) | \(\{1|0,\bar{1},0\}\) | \(\{\bar{1}|1,1,0\}\) | \(\{1|1,\bar{1},0\}\) | \(\{\bar{1}|0,2,0\}\) | \(\{1|0,0,0\}\) | \(\cdots\) |
\(\vdots\) | \(\vdots\) | \(\vdots\) | \(\vdots\) | \(\vdots\) | \(\vdots\) | \(\vdots\) | \(\ddots\) |
\(Pm\) (主軸\(b\))の乗積表
\(\{1|0,0,0\}\) | \(\{m_{010}|0,0,0\}\) | \(\{1|1,0,0\}\) | \(\{m_{010}|1,0,0\}\) | \(\{1|0,1,0\}\) | \(\{m_{010}|0,1,0\}\) | \(\cdots\) | |
\(\{1|0,0,0\}\) | \(\{1|0,0,0\}\) | \(\{m_{010}|0,0,0\}\) | \(\{1|1,0,0\}\) | \(\{m_{010}|1,0,0\}\) | \(\{1|0,1,0\}\) | \(\{m_{010}|0,1,0\}\) | \(\cdots\) |
\(\{m_{010}|0,0,0\}\) | \(\{m_{010}|0,0,0\}\) | \(\{1|0,0,0\}\) | \(\{m_{010}|1,0,0\}\) | \(\{1|1,0,0\}\) | \(\{m_{010}|0,1,0\}\) | \(\{1|0,1,0\}\) | \(\cdots\) |
\(\{1|1,0,0\}\) | \(\{1|1,0,0\}\) | \(\{m_{010}|1,0,0\}\) | \(\{1|2,0,0\}\) | \(\{m_{010}|2,0,0\}\) | \(\{1|1,1,0\}\) | \(\{m_{010}|1,1,0\}\) | \(\cdots\) |
\(\{m_{010}|1,0,0\}\) | \(\{m_{010}|1,0,0\}\) | \(\{1|1,0,0\}\) | \(\{m_{010}|2,0,0\}\) | \(\{1|2,0,0\}\) | \(\{m_{010}|1,1,0\}\) | \(\{1|1,1,0\}\) | \(\cdots\) |
\(\{1|0,1,0\}\) | \(\{1|0,1,0\}\) | \(\{m_{010}|0,\bar{1},0\}\) | \(\{1|1,1,0\}\) | \(\{m_{010}|1,\bar{1},0\}\) | \(\{1|0,2,0\}\) | \(\{m_{010}|0,0,0\}\) | \(\cdots\) |
\(\{m_{010}|0,1,0\}\) | \(\{m_{010}|0,1,0\}\) | \(\{1|0,\bar{1},0\}\) | \(\{m_{010}|1,1,0\}\) | \(\{1|1,\bar{1},0\}\) | \(\{m_{010}|0,2,0\}\) | \(\{1|0,0,0\}\) | \(\cdots\) |
\(\vdots\) | \(\vdots\) | \(\vdots\) | \(\vdots\) | \(\vdots\) | \(\vdots\) | \(\vdots\) | \(\ddots\) |
白抜きの部分は線形部分が\(1\)の操作(つまり単純な平行移動操作)を表しており、当然ながら完全に一致します。注目すべきは背景が青色の部分です。この部分に注目してじっくり比較してみましょう。すると、記号の置き換えによって両者を等しくすることは出来ないことに気付くはずです。なぜなら、例えば空間群 \(P\bar{1}\)の場合 \(\{\bar{1}|u,v,w\}\) を二乗すると必ず \(\{1|0,0,0\}\)になりますが、 空間群 \(P2\) の場合 \(\{m_{010}|u,v,w\}\)を二乗しても \(\{1|0,0,0\}\)になるとは限らない3からです。したがって、点群 \(\bar{1}\) と \(2\) は同型ですが、空間群 \(P\bar{1}\) と \(P2\) は同型ではありません。同型な点群だったとしても、並進操作を加えると同型ではなくなってしまうというのは、群の一般的な性質です。
同型の空間群
基本的に表記の異なる空間群は、非同型な(同型ではない)関係にあるのですが、例外があります。230種類の3次元空間群のうち、次に示す11のペアは互いに同型です。
- 正方晶系: \(P4_1\)と\(P4_3\)、\(P4_122\)と\(P4_322\)、\(P4_12_12\)と\(P4_32_12\)
- 三方晶系: \(P3_1\)と\(P3_2\)、\(P3_121\)と\(P3_221\)、\(P3_112\)と\(P3_212\)
- 六方晶系: \(P6_1\)と\(P6_5\)、\(P6_2\)と\(P6_4\)、\(P6_122\)と\(P6_522\)、\(P6_222\)と\(P6_422\)
- 立方晶系: \(P4_132\)と\(P4_332\)
各ペアは enantiomorphic (鏡像異形) の関係を持っています。これら11ペアの同型重複を除いた219種類の空間群をaffine space-group typesといいます。一方同型重複を許した230種類をproper affine space-group typesといいます。