1.1. 並進対称性・格子点・単位胞

結晶とは

 結晶とは、広義には一定の並進対称性を有する状態(およびそのような状態にある物質)のことを指します。並進対称性とは、ある方向にある距離だけ平行に進んだときもとの状態と区別ができないという性質のことです。「ある距離」の単位は問いません1が、おそらくこのページをご覧になっている方は固体物質としての結晶、すなわち原子や分子やイオンが小さいスケールで周期的に配列し、全体としてある程度の大きさ(物性が発現するレベル)を持つような物質に興味があると思います。以降はこの意味で「結晶」という用語を用います。

格子点、結晶格子、単位胞

 結晶の性質を考えてみましょう。下の図は並進対称性をもつ無限に広がる公園です2。公園内のある場所 \(o\) に立って眺めた周りの景色と、そのまま目線の向きを変えずに平行移動した場所 \(a\) から眺めた景色が全く同じであったとします。どちらの位置に立っているのかを景色から判断することはできません。つまり場所 \(o\) と \(a\) は全く同じ周辺環境なわけです。ということは、\(a\) を始点としてさらにベクトル \(\vec{oa}\) だけ進んだ位置(\(a’\))でも当然同じ風景が見えるはずですね。同じ景色が見える場所は直線 \(oa\) 上だけではありません。たとえば位置 \(b\) でも同じ景色が見えるようですし、さらに位置 \(b\) からベクトル \(\vec{oa}\) だけ進んだ位置 \(b’\) でもやはり同じ景色が見えるでしょう。

このように、この公園内には全く同じ風景が見える場所が無限に存在します。このような場所を格子点 (lattice points) といいます。非常に重要な概念です。上図の場合では格子点 (=観察者) を芝生上に設定しましたが、格子点を石や滑り台と設定しても以降の議論に何ら差し支えありません。格子点を結晶中のどの位置と一致させるかは人間の自由です3。ただし、ひとつの格子点を石と一致させたら他の格子点もすべて石と一致させなければいけません。格子点の本質は、ある格子点から別の格子点までの距離と方向 (ベクトル) です。これを並進ベクトルといいます。公園全体を並進ベクトルの分だけ平行移動してももとの状態と区別できません。これは次項で説明する対称操作の一つです。独立な並進ベクトルがn個あればn次元の結晶です。この公園の例では、独立な二つの並進ベクトル (例えば\(\vec{oa}\) と\(\vec{ob}\)) が存在しますので、2次元結晶ということになります。

 格子点や並進ベクトルとともに理解しておきたい重要な概念が結晶格子と単位胞です。まず結晶格子 (crystal lattice) とは、格子点の周期的な幾何学的配置のことです。ひとつの格子点を指すのではなく、格子点が全体としてどのように並んでいるかを示す言葉です。そして格子点を赤い線で結んだのが以下の図です。ふたつの方向の赤線が等間隔で並んで格子模様を作っています。この格子模様の中に現れる最小の平行四辺形を単位胞 (unit cell) といいます。

単位胞は、2次元結晶の場合は平行四辺形であり、3次元結晶の場合は平行六面体になります。単位胞が積み重なって結晶格子が作られているというわけです。格子点の議論と同様、単位胞は形状 (赤線の間隔や交差する角度) のみが重要であり、単位胞の頂点が結晶中の何と一致しているかは本質ではありません。

 さて、全く同じ結晶格子 (格子点の配置) だったとしても、格子点を結んでできる模様にはバリエーションがあります。例えば以下のように線を引けば、当然単位胞の形状も変化します。(目の錯覚で異なる角度から見ているよう感じますが、赤線の引き方だけが変わっています)

どちらが 「正しい」 単位胞でしょうか?答えは 「両方正解」 です。それでは、格子点さえ結べばいつでも「適切な」単位胞なのでしょうか?答えは 「場合による」 です4。どんな場合にどんな単位胞をとるべきなのかは次ページ以降で詳しく説明しますが、結晶格子が全く同じだったとしても単位胞の取り方には任意性があるという事実は重要ですので心に留めておくとよいです。

 ところで、これまで結晶学を勉強されてきた方の中には、「単位格子」 という言葉を聞いたことがあると思います。実はこの言葉は結構あいまいな使われ方をしています。単位格子の 「単位」 は、並進周期の単位をイメージしますから 「単位胞」 と同義のような気もします。一方、単位格子は 「格子」 なのですから格子模様をイメージすれば 「結晶格子」 と同義な気もします。実際のところ、「単位格子」 という言葉は、「結晶格子」 と 「単位胞」 の両方の意味を含んで使われている場合が非常に多いように思います。ただし、あまり神経質になる必要はありません。「結晶格子」 と 「単位胞」 は極めて密接な概念ですから、両者をまとめて「単位格子」と表現しても、ほとんどの場合問題や誤解は生じません。とはいえ一応、このHPでは 「結晶格子」 と 「単位胞」 を区別して表現することにします。

 いろいろと用語が出てきましたので、最後にリストとしてまとめます。


脚注

  1. 広い意味では、例えばsin関数は角度軸に沿って結晶状態ですし、摩擦のない振り子運動も時間軸に沿って結晶状態です。 ↩︎
  2. 見渡す限り地平線まで公園が広がっている状況を想像してください。もちろん、現実の結晶は有限の大きさを持っており外界との境界があるため、本当の意味での理想的な結晶というのはこの世には存在しません。 ↩︎
  3. ただしみんなが本当に自由に選んでしまうと混乱が生じるので、ある程度の指針はあります。 詳しくは「6.3. 軸の選び方、軸の変換」ページで議論していますが、初学者の方はあまり気にせず読み進めてください。 ↩︎
  4. 例として示している公園には、回転操作も鏡映操作も含まれていないので、格子点を通る格子模様であればすべて「適切な」結晶格子です。もし回転操作や鏡映操作が含まれている結晶の場合は、なるべく結晶格子がそれらの操作を反映するような形を採用するという結晶学的な指針があります。 ↩︎
  5. 「単位格子」を無理やり英語にすると “unit lattice” ということになりますが、このような用法は一般的ではありません。英語の論文を書くときは、文脈によって “unit cell” か “crystal lattice” かどちらかに言い換えるのが無難でしょう。 ↩︎

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