点群 \(32\) に属する空間群のなかに、\(P321\) と \(P312\) があります。点群 \(321\) と点群 \(312\) は代数的には同じ構造をもつので、点群だけの議論であれば両者を区別する必要はなく、普通は \(1\)を省略して \(32\) とだけ書きます。ところが、空間群では並進方向と回転軸方向の対応関係を考慮するので、\(P321\) と \(P312\) は別の空間群ですし、後述するようにテンソル量を扱うときにも注意が必要です。このページでは、このように見た目は似ているHM記号だが順序に重要な意味があるケースを紹介します。
\(P321\) と \(P312\)
\(P321\) と \(P312\) は「同じ記号の並べ替え」ではありません。\(2\) 回軸が存在する方向が異なります。ピンとこない方も多いと思うので具体的に説明します。まず、\(3\) 回回転軸を \(c\) 軸に取り、それに直交する底面内の並進ベクトルを \(a,b\) とします。このとき、\(3\) 回回転の要請により、\(2\) 回回転軸は底面内に 3 方向(正負を区別すれば 6 方向)現れます。しかし、その向きは任意ではなく、空間群として成立する場合は次の二通りに限られます。
- ケース①:\(2\) 回軸が \(a\) や \(b\) の方向にある。
- ケース②:\(2\) 回軸が \(a-b\) や \(a+2b\) の方向にある。
この二つは、底面から見ると \(30^\circ\) だけずれた関係にあります。
ケース①: 2回回転軸が \(a\) や \(b\) の方向と一致

ケース②: 2回回転軸が \(a-b\) や \(a+2b\) の方向と一致

ケース①あるいはケース②のように対称操作を配置すれば、それらの操作を生成元として以下のような空間群を作ることができます。
ケース① (\(P321\))

ケース② (\(P312\))

比較してみると、対称要素の位置も一般点の位置も一致しませんので、当然二つは異なる空間群です。
ところで6.3. 軸の選び方、軸の変換のページでも説明したとおり、三方晶系あるいは六方晶系においては主軸は \(c\), 副軸1は \(a\) = \(b\) = \([\bar{1}\bar{1}0]\)、副軸2は\([1\bar{1}0]\) = \([120]\) = \([\bar{2}\bar{1}0]\) なのでした。ケース①は副軸1に \(2\) 回回転があり、ケース②では副軸2に \(2\) 回回転がありますので、それぞれ \(P321\)、 \(P312\) というHM表記の空間群に対応します。すなわち \(P321\) と \(P312\) は、似た名前の同義語ではなく、実体としてまったく異なる空間群なのです。
同様の関係をもつ空間群
このように 「HM 記号の第 2・第 3 位置の順序が異なるだけに見えるが、実際には別の空間群である」 という関係は、三方晶系・六方晶系・正方晶系に現れます。代表的な例を挙げると、次の通りです。
三方晶系
- \(P312\) と \(P321\)(点群 \(32\))
- \(P3_112\) と \(P3_121\)(点群 \(32\))
- \(P3_212\) と \(P3_221\)(点群 \(32\))
- \(P3m1\) と \(P31m\)(点群 \(3m\))
- \(P3c1\) と \(P31c\)(点群 \(3m\))
- \(P\bar{3}1m\) と \(P\bar{3}m1\)(点群 \(\bar{3}m\))
- \(P\bar{3}1c\) と \(P\bar{3}c1\)(点群 \(\bar{3}m\))
六方晶系
- \(P6_3cm\) と \(P6_3mc\)(点群 \(6mm\))
- \(P\bar{6}m2\) と \(P\bar{6}2m\)(点群 \(\bar{6}m2\))
- \(P\bar{6}c2\) と \(P\bar{6}2c\)(点群 \(\bar{6}m2\))
- \(P6_3/mcm\) と \(P6_3/mmc\)(点群 \(6/mmm\))
正方晶系
- \(P4_2cm\) と \(P4_2mc\)(点群 \(4mm\))
- \(P\bar{4}2m\) と \(P\bar{4}m2\)(点群 \(\bar{4}2m\))
- \(P\bar{4}2c\) と \(P\bar{4}c2\)(点群 \(\bar{4}2m\))
- \(I\bar{4}2m\) と \(I\bar{4}m2\)(点群 \(\bar{4}2m\))
- \(P4_2/mmc\) と \(P4_2/mcm\)(点群 \(4/mmm\))
- \(P4_2/nmc\) と \(P4_2/ncm\)(点群 \(4/mmm\))
これらはいずれも、点群だけを見れば同じ結晶類に属します。しかし、空間群としては「どの対称方向が格子並進 \(a,b,c\) に沿うのか」が異なるため、別の空間群として扱う必要があります。
物性テンソルを扱うときの注意
上で挙げたペアの内、点群 \(32, 3m,\bar{3}m,\bar{6}m2, \bar{4}2m\) に属する空間群で問題になるのは、弾性率テンソル、圧電テンソル、電気光学テンソル、非線形光学テンソルなど、座標軸に依存して成分を書く物理量 を扱うときです。
当然のことながら物性テンソルの許容形や独立成分の数は、基本的には点群によって決まります。\(P321\) と \(P312\) はどちらも点群 \(32\) に属するので、独立成分の数そのものは同じなのですが、だからといってテンソル成分をそのまま同一視してよいわけではありません。文献に載っているテンソル形は、多くの場合 \(2\) 回軸を \(x\) 軸に取る (すなわち点群 \(321\)) 標準座標系で書かれています。ところが、\(P312\) は、\(2\) 回軸が \(a,b\) 軸に対して異なる方向を向いています。そのため、固定した結晶軸 \((a,b,c)\) で成分表示すると、非ゼロ成分の位置や符号関係が変わります1。
たとえば、点群 \(32\) の標準形として与えられた弾性率テンソルや圧電テンソルを \(P312\) あるいは \(P312\) の結晶に適用する場合を考えてみましょう。弾性スティフネステンソルを Voigt 表記 \(C_{\alpha\beta}\) の \(6 \times 6\) 行列で表現し、点群 \(321\) 設定と点群 \(312\) 設定を並べて書くと、その違いが分かります。$$
C_{\alpha\beta}^{(321)} = \begin{pmatrix}
C_{11} & C_{12} & C_{13} & C_{14} & 0 & 0 \\
C_{12} & C_{11} & C_{13} & -C_{14} & 0 & 0 \\
C_{13} & C_{13} & C_{33} & 0 & 0 & 0 \\
C_{14} & -C_{14} & 0 & C_{44} & 0 & 0 \\
0 & 0 & 0 & 0 & C_{44} & C_{14} \\
0 & 0 & 0 & 0 & C_{14} & (C_{11} – C_{12})/2 \end{pmatrix}
$$
$$
C_{\alpha\beta}^{(312)} = \begin{pmatrix}
C_{11} & C_{12} & C_{13} & 0 & C_{15} & 0 \\
C_{12} & C_{11} & C_{13} & 0 & -C_{15} & 0 \\
C_{13} & C_{13} & C_{33} & 0 & 0 & 0 \\
0 & 0 & 0 & C_{44} & 0 & -C_{15} \\
C_{15} & -C_{15} & 0 & 0 & C_{44} & 0 \\
0 & 0 & 0 & -C_{15} & 0 & (C_{11} – C_{12})/2 \end{pmatrix}
$$\(321\) 設定では \(C_{14}\) が非ゼロで \(C_{15}\) がゼロ、一方 \(312\) 設定では \(C_{15}\) が非ゼロで \(C_{14}\) がゼロとなっており、非対角成分の位置が入れ替わっていることが分かります。もちろんこれは物性そのものが違うのではなく、座標系の取り方によって見え方が変っているだけです。独立成分の数はどちらも 6 個なのですが、文献の標準形をそのまま使ってよいかどうかは、研究対象の結晶がどちらの設定かに依存するわけです。
点群が同じであってもテンソル成分の配置は同じとは限りません。三方、六方、正方晶系の空間群でテンソル量を扱うときは、HM 記号の順序に気をつけましょう。
脚注
- 一方、点群 \(6mm, 6/mmm, 4mm,4/mmm\)に属する空間群ペアについては、テンソル表現に違いは現れません。 ↩︎