結晶族点群
点群は無数に存在します。例えば回転操作を元に含むような点群であれば、回転角度を適当に変えることでいくらでも新しいものを作り出すことが出来ます。ところが、対象を結晶に限定した場合、回転角度は自由に設定することは出来ません。結晶は単位格子並進によって空間を埋め尽くす必要があるため、許される回転(回反)角度は、0°, 60°, 90°, 120°, 180°, 240°, 270°, 300°のいずれかであることが要請されます。この要請は、「回転あるいは回反の次数は 1, 2, 3, 4, 6 に限定される」という表現と等価です。次数が 1, 2, 3, 4, 6 の回転あるいは回反操作1を、いろいろと向きを変えながら組み合わせて群を作ると、全部で32種類しか生み出されません。この32種類を、結晶族点群といいます2。
結晶族点群の部分群
以下に、32種類の結晶族点群について、部分群・超群の関係を示します。
すべての結晶族点群の中で点群 \(1\) は最下部に位置し、その位数は1です。単位行列だけからなる点群です。一方、点群 \(4/m\ \bar{3} \ 2/m\) は最も対称性の高い点群であり、その位数は48です。ただし、点群 \(4/m\ \bar{3} \ 2/m\) がすべての点群の超群になるというわけではありません。点群 \(6/m\ 2/m\ 2/m\) を局所的な頂点とする六方晶系の点群たちは、どのような対称操作を加えても点群 \(4/m\ \bar{3} \ 2/m\) を含む立方晶系の点群たちへたどり着けません。立方晶系に属する点群と六方晶系も属する点群との間には、超群/部分群の関係はないのです。一方、三方晶系は、立方晶系と六方晶系のどちらの部分群にもなり得ます。このあたりの事情は、別ページの解説をご覧ください。以下、図中の用語解説です。
- order k of groups: 位数、すなわち群が含む元(操作)の数です。一般点が写される数と考えてもよいです。
- normal subgroup: 正規部分群のことです。線が2本あるいは3本の場合は、方向の異なる部分群が2つあるいは3つ存在するということを意味します。例えば点群 \(222\) からは、3つの異なる方向の部分群(ただし記号としてはすべて点群 \(2\)) を取り出すことができます。
- conjugate subgroup: 共役部分群のことです。共役というくらいですから当然共役な関係にある複数の部分群(ただし記号は同じ)が存在します。例えば点群 \(32\) の共役部分群は 3つの異なる方向の点群\(2\)です。
- Maximal subgroup: 最大部分群といいます。自分自身を除いて元の数が最大になるような部分群のことです。複数存在することがあります。また、最大部分群で使わなかった元を使って別の部分群が生成できる場合、元の数を最大のものを選んで最大部分群に加えます。たとえば点群\(6\) の最大部分群は点群\(3\) と点群\(2\) です。
空間群の部分群
当然空間群にも、超群/部分群の階層構造があります。その知識が役に立つ場面は、多くの場合結晶中の原子の秩序/無秩序現象や原子位置がわずかに変位するような構造変化による、「結晶から結晶への」 相転移を対象とするときです。したがってここでは、ある空間群が別の空間群に変化する (すなわち最低限の並進群は保たれる) ような超群/部分群の関係性のみを考えることにします。
まず、空間群の部分(空間)群を以下の三つに分類することにしましょう。
- 並進操作は保存されるが、それ以外の対称操作 (点群操作) の一部が失われるような部分群
- 並進操作の一部は失われるが、それ以外の対称操作が保存される部分群
- 並進操作も、それ以外の対称操作も、失われるような部分群
1のケースを t-部分群, 2のケースをk-部分群といいます3。また3のケースの部分群は、「まず t-部分群を選び、さらにそれのk-部分群」 であると考えることが出来ますので、 t-部分群とk-部分群の二つの性質を理解することが重要です。表現の流儀4によって t-部分群をタイプI、k-部分群をタイプIIと呼ぶことがあり、さらにタイプIIは実用上の理由から 三つのサブタイプに分けられています。このサブタイプは i-部分群5 (同型部分群)という概念とも関連しています。ややこしいので、以下に表でまとめました。
失われる操作 | 同型 (isomorphic)か否か | ITAの表記 | 単位格子の サイズ | ||||
---|---|---|---|---|---|---|---|
5th | 6th | ||||||
t- 部分群 | もとの群から 点群操作の 一部が低下 | non-isomorphic (非同型) | I | I | もとの群の 単位格子と 同一 | ||
k- 部分群 | もとの群から 並進操作の 一部が低下 | IIa | II Loss of centring translations | ||||
IIb | II Enlarged unit cell | もとの群の 単位格子より 大きい | |||||
isomorphic (同型) | IIc | II Series of maximal isomorphic subgroups |
群の同型
群\(G_1\)と\(G_2\)について、もし\(G_1\)の元と\(G_2\)の元を一対一で結びつけるような写像 \(f\) が存在する場合、\(G_1\)と\(G_2\)の関係を「同型 (isomorphic)」といいます。写像 \(f\) は当然全単射関数ということになります。群\(G_1\)と\(G_2\)が同型であれば、群論的な立場では全く同じ性質の群とみなすことが出来ます。230種類の3次元空間群は、11のペア6を除いて、非同型の関係を持っています。
同型部分群とは、言葉通りもとの群に対して同型な関係にある部分軍の
ITA の5th edition以前では全ての空間群に対して同型/非同型 (isomorphic/non-isomorphic) の最大部分群が列挙されていました。
t-部分群
k-部分群
- 対称中心や鏡映は回反操作の一種 (対称中心は1回回反、鏡映は2回回反)なので、ここでは挙げていません。 ↩︎
- 一方、空間群は必ず部分群として並進群を含み、そして並進対称操作を持つことが結晶の定義ですから、わざわざ 「結晶族空間群」 とは言わず単に「空間群」といいます。 ↩︎
- 「t-」 のドイツ語 translationengleich (「同じ並進」の意)、「k-」 は klassengleiche (「同じクラス」の意)の頭文字です。 ↩︎
- 英語圏の結晶学者はタイプI, IIという表現を好むように思われます。ITAでもタイプI, IIの表現が採用されています。 ↩︎
- isomorphic (同型) の頭文字です。 ↩︎
- 次に示す合計11のペアは群論的に同型です。
正方晶系: \(P4_1\)と\(P4_3\)、\(P4_122\)と\(P4_322\)、\(P4_12_12\)と\(P4_32_12\)
三方晶系: \(P3_1\)と\(P3_2\)、\(P3_121\)と\(P3_221\)、\(P3_112\)と\(P3_212\)
六方晶系: \(P6_1\)と\(P6_5\)、\(P6_2\)と\(P6_4\)、\(P6_122\)と\(P6_522\)、\(P6_222\)と\(P6_422\)
立方晶系: \(P4_132\)と\(P4_332\)
各ペアは enantiomorphic (鏡像異形) の関係を持っています。11の同型重複を除いた219種類の空間群をaffine space-group typesといいます。一方同型重複を許した230種類をproper affine space-group typesといいます。 ↩︎